2月1日

椿
― 鉄壁の理性・気取らぬ優美 ―






「絳攸様」
すぅっと室に入ってきたのは己の良く知る人物であった。
真夜中に近い時間、それも王宮の一室に女性が現れるなどそう滅多にあることではない。
「炎夏。どうしてここに。」
「黎深様が『あの馬鹿なら吏部に篭りっきりだ』と言われましたので。」
養い親の発言に怒りを募らせつつもそれを本人にぶつけることが出来ない。
哀れと言うか、情けないと言うか。
炎夏は、思案顔の絳攸の机から書類を取り上げるとかわりに籠に入れてきた饅頭を懐紙に載せ、お茶と共に差し出した。
「どうぞ。」
「あぁ。ありがとう。・・・美味しいな。」
賛辞の言葉ににっこりと微笑む。
その顔も一層美しく思え胸の奥で高鳴りを感じた。
「今日は帰られないのですか。」
「いや、そこの書類が終わったら帰るつもりだ。」
絳攸の言うそこの書類とは机に山積みされている書類のことで、これ遠まわしに『今日は帰らない』と言っていることと同じことなのである。
「根の詰めすぎはいけませんよ。せめて2刻は睡眠を取ってくださいませ。」
「わかった。それより炎夏、お前は帰ったほうがいい。」
「嫌ですわ。こんな夜中に帰ってしまっては何が起こるかわかりませんもの。」
「しかし、それでは。」
ならば何故ここに来たんだ、と言う疑問は捨てる。
「黎深様が明日の朝迎えに来てくださるそうです。」
「・・・。わかった。なら炎夏はそこで休むといい。」
「残念ですがそれもお断りいたしますわ。百合様より『ちゃんと睡眠を取らせてちょうだい。』と受け賜わっていますので。」
「それは、炎夏も同じだろう。」
「なら、絳攸様が寝てくださればいいのですわ。さぁ、お手伝いいたします。」
炎夏が取り上げていた書類は各部ごとに分けられており、硯には墨が補充されていた。
既に自分の仕事場も作っており、何枚か書類が積まれていた。
女性官吏ではないものの炎夏の書類の処理能力はそこら辺の官吏より数段上であった。
そのため、机に山積みにされていた書類は段々とその高さを下げていった。
そして、最後の1枚に筆を通し、全てが終わったのはまだ日が昇る前であった。
これなら、炎夏が言っていたように2刻ならば寝ることも出来るだろうと炎夏のほうをみると机に伏してすーすーと寝息を立て眠っている。
「だから先に寝ろと言ったのだが。」
つい憎まれ口を吐いてしまう。炎夏の髪をなでながら愛しい想いを募らせる。
女嫌いをモットーとしている絳攸だが最近は炎夏との仲は家人たちの間で囁かれている。
勿論、炎夏も絳攸が好きで、絳攸も炎夏が好きという両想いなのだがその想いを口に出すことが出来ず、だからと言って行動に出ることも出来ず。2人の想いを知っている者からすればじれったい所である。
絳攸も自分のものにする方法も時間もあるのにいつも理性が勝ってしまう。
無理やり自分のものにするのは炎夏にとっても自分にとっても良いことでないことはわかっている。
「ありがとう。」
上衣を眠っている炎夏に掛け、自分も長椅子に横になる。





夜が明ける少し前のこと、炎夏は目を覚ました。
掛けられている上衣の持ち主は自分と距離をとった長椅子で眠っていた。
上衣を掛け、戸の後ろに立っている叔父に声を掛ける。
「もう、帰りましょうか。」
「ふん。お前も絳攸も気を遣いすぎだ。」
「いいんですよ。これで」
「雨のときは一緒に寝るくせに未だ既成事実の1つも無いとは。」
「黎深様!」
真っ赤になりながら反抗をする炎夏。
まったく、2人が結ばれる日はいつのことやら...



あとがき
誕生花シリーズ2月編1日目。
彩雲国物語、絳攸夢でした。本日の花言葉は『高潔な理性・気取らぬ優美』理性ときたら鉄壁の理性である絳攸しかないでしょ!と思い書いてみたものの。あっけなく崩壊してしまいました。・・・。仕方が無いです。私が書いたんですから。