2月12日
レンギョウ
― 叶えられた希望 ―
「璃桜様。」
「誰だ。」
「お願いがございます。」
実際に権力を行使しているのは姉の瑠花だが、今の縹家の当主はこの縹璃桜。瑠花の手の届かないところへ逃げるつもりならば、この男に太鼓判を押してもらわなければならなかった。
「私を消していただきたい。」
「随分急なお願いだね。」
「ここではないどこかへ行きたいのだ。」
「あの人は?」
「瑠花様にはなにも。」
「ふぅん。いいんじゃない。好きにどうぞ。」
「…御前、失礼いたします。」
そうやってあの家から出たのは何年前のことだったか。
三年、五年、十年…いや、長かったのか短かったのかわからない。それでも、十分に楽しんだ。
見るものはすべて新しく、この異能に少々手こずらされたこともあったがそれもまた前とは違った感情だった。
前から男装し任務を行うことが多かったは、男装をし女であることを決して悟られないと言うことを条件に国の官吏になった。
「皇毅様。」
「か。」
「あの馬鹿と紅秀麗はどこに?」
「清雅なら別の任務に当たらせた。紅秀麗なら書庫の整理中だ。」
書庫。この御史台で書庫と呼ばれているものは府庫に匹敵するほどの広さがあり、また某尚書の執務室と同じほどの書簡が収められているはずだ。
あからさまに溜息を吐くと皇毅を睨む。
「普通は逆でしょう。」
「そうでもない。」
「もういいです。手伝ってきます。」
「お前には仕事を与えていたはずだが。」
「終わりました。」
「・・・縹家。」
久しぶりに聞いた名に反応し、息を呑んでしまう。
扉に向けた体をゆっくりと回し、皇毅を見ればこちらに視線を合わし外さない。
「いつ、お気づきに。」
「お前が来て三月で異変には気がついた。確信は1年経ったときだ。」
「そうですか。」
「どうする。」
「何がです?」
聞きながらもわかっていた。
あの家を出たとき、私は璃桜と最後にと言われ話をしていた。その中で何故、ここから去るのかと理由を聞かれた。その時、私は迷わずにこう言ったのだ。
「望みが一度叶えられるなら愛してみたい。」
だから、自由に愛せるように身分なんか考えず、愛しい人を愛せるようにここから去るのだと言った。
その望みは未だ変わらずこの胸に秘めてある。
誰にも言ったことのない望みだったが、いつだったか酔っ払ったときに皇毅に言ったような気がした。
勿論鼻で笑われたけど。それでも、それが心地よかった。
「自分の望みは自分で叶えます。今はあの家とはなんら変わりはありませんから。」
「そうか。」
「えぇ。」
「異能を捨てる覚悟は出来ているんだな。」
「当たり前でしょう。」
「帰る。」
「は?」
いくら顔色が悪いからと言っても執務を投げ出さず、この部屋で睡眠を取るような男が自ら帰ると言い出すとは思いもしなかった。
ボケッと帰宅準備を進める皇毅を見ていると、近づかれ耳元で囁かれる。
意味を理解することにはもう部屋から居なくなっていた皇毅の跡を慌てて後を追う。
「ちょっと、皇毅!」
それはひとつの願い事。
あとがき
・・・誰がなんと言おうと皇毅夢です。