2月14日
ピットスポルム
― 飛躍 ―
バレンタイン。
恋する乙女には大切な日。一世一代の大事な日。
それは世間の話。私にはこれっぽちも、1mmたりとも関係がない。
「シスター・パウラ。」
「終わりましたか。」
「えぇ。でも、・・・。」
「えぇ、まだありますよ。」
サラリといつもと変わらぬ顔で言われる。
そうしてその彼女の視線には山のように詰まれた書類。昨日よりも高さと量が増えているような気がする。
気のせいなんかではない。絶対に増えている。
「パウラ、あれ増えてる?」
「えぇ、増えていますよ。」
「理由は?」
「ブラザー・マタイがまたしてしまったそうですよ。」
「ま、また!」
「えぇ。」
ブラザー・マタイ。
悪名高いその名は一応この異端審問官でも片指には入るほどの実力者。
頭も良いし、仕事も早い、余計だが顔も良い。
しかし、しかし、しかーし!その男は常識がなさ過ぎた。
神の御心のままと言いながら街をひとつ消してしまうのは当たり前、なんでも傭兵時代のライバル的存在が敵にいると聞けばその場で戦争を起こすような男だった。
そんな奴を好きになれと言うのはとても難しく、それでも仕事だと言い聞かせて私はその男の後始末をするのだ。
これが同じように膨大な書類を作るとしても局長のブラザー・ペテロならばまだ我慢は出来た。
「いつも悪い。」と言ってくれるからだ。
それなのにその男ときたら、謝るよりも人の仕事を邪魔する一方。まったく、迷惑な奴だ。
「シスター・。」
「わかってますよ。」
パウラに睨まれ両手に書類を持って自分の執務室に帰る。
廊下にはコツコツと自分の足音しか響かない。おかしい。
確かにここはあまり人の通らない廊下ではあるのだが、あまりにも少なすぎる。二、三人にはすれ違うはずだ。
まぁ、いいやと自分の執務室を塞がっている両手で器用に開く。
「げ。」
「げ、とは随分な言い方ですね。」
「何でいるのよ。」
見ればいた。その男が。
「さん。」
「なにか?」
「下さい。」
手を広げてこちらを見てくるブラザー・マタイ。
これで廊下で誰にもすれ違わなかった理由がわかった。すべてはこの男がここにいるからだ。
「仕事ならどうぞ。いくらでも差し上げますよ。」
書類をマタイの手に乗せる。乗せたつもりだった…。
バサバサバサ。
書類の紙が部屋中に舞う。
「ちょっと、散らかったじゃない。」
「私の欲しいものではなかったので。」
「何が欲しいって言うのよ。」
「チョコレートです。」
「・・・チョコ?」
「おや、さんは今日が何の日かご存じないと言うんですか。」
「知ってますけど、なんで貴方にあげないといけないんですか。」
「下さらないんですか。」
「あげません!」
「下さらないと。」
「えぇ。」
「では、こちらから。」
そう言ったマタイは私の手を引き、己の胸に抱きしめた。
「だ、だから。ちょっと!」
それからは誰も知らない。
次の日になってもの執務室には書類が散っていく、彼女自身も現れずただ書類の山だけは増えていった。
あとがき
恋する乙女にとって飛躍の日になりますように…願いを込めて。