スカビオサ
― 朝の花嫁 ―
いかん、〆切やと飛び起き、それから5分。そう言えば、昨日の夜に脱稿したんやったと思い出した。
ゆっくりと脳内が活性化され、いい匂いが漂っていることに気がつく。そろそろと足音を立てないように起き上がり、台所へと顔を出す。
「あっ、おはようございます。」
もう少し待ってくださいね。と言いながら、ネギを刻んでいる彼女は担当者アシスタント兼私の恋人だ。夜に脱稿したときには何も言わなかったが、何か誤字脱字でもあっただろうか。ボーッと立ちながら最悪の事態を考えていると彼女はこちらを振り返り、暇でしたらご飯よそってもらえますか?と茶碗を差し出される。
ご飯をよそいつつ、なぁちゃんと声をかける。
「なんですか?」
「何か問題でもあったん?」
「原稿のことでしたら何もありませんよ。」
妙な言い回しだ。
原稿でないとしたら、他に何かあっただろうか。
エッセイは来週末やったしな。コレというものがなくただ考えていると、クスクスと笑い声が聞こえた。もちろん、その笑い声の持ち主はちゃん。
味噌の香りと湯気の立つおわんを持ちながらリビングの机に置いていた。
見れば、焼き魚も置いてあり、これぞ日本の朝食というようなものであった。
「さぁ、食べましょう。先生。」
「あぁ。おいしそうやな。」
椅子に座り、正面から彼女を見てそこでようやく彼女がエプロンをしていることに気がつく。
それはよく似合っており、少しだけそそられる。別にやましい気持ちで思ったわけではない。
ただ朝起きて温かいご飯を誰かと食べるという行動に少なからず憧れがあったからかも知れない。
「先生。」
「ん。なんや?」
「今日のお仕事はお休みになってくださいね。」
まさか彼女からそんな台詞が出てくるとは思いもしなかった。
「私も鬼じゃありません。誕生日くらいは祝いますよ。」
“誕生日”その文字が私の脳内で理解される問いはたっぷり30秒。
カレンダーに視線を送ると確かに今日は4月26日であった。そうか、またひとつ歳を取ったのかとしみじみ思う。
先に食べ終えた彼女は、台所へと食器を運び紙袋を持ってきた。
「なんやそれ。」
「先生への誕生日プレゼントです。」
2つある内の紙袋からブランデーを取り出し、これは私たち会社からです。こちらは片桐さんからこちらはファンの方からと1つ1つ丁寧に説明した。
ファンから誕生日を祝ってもらえるというのは、照れくさいような気持ちで一杯である。プレゼントの手紙一つ一つを読んでいると食べ終えた食器をが下げてくれた。
同業者からの祝いの品も多く、当分酒には困りそうになかった。
確かめるように見ているとふと気がつく。彼女からのプレゼントがない。この朝食がプレゼントの代わりなのだろうが、どうも気になり彼女に尋ねる。すると彼女は罰の悪そうな表情をして謝ってきた。
「謝らんでもえぇよ。」
「その、あることはあるんです。」
少し俯いてちゃんが呟く。
「朝食じゃなくて?」
そう尋ねると彼女はこくりと首を縦に振りじっと見つめてくる。
気になって聞いたものの彼女はまた俯いてしまい。二人の中には静けさが漂った。
どう切り上げようか悩んでいると彼女はポツリと呟く。
「先生次第なんです。」
「俺、次第?」
「はい。だから、朝食はそのプレゼントの保険でして…。」
「ちゃんがくれる物やったら何でも嬉しいよ。」
「…。じゃ、先生。私を貰って下さい。」
私を貰って下さい。それはつまり結婚。そうかプロポーズされるってこんな気持ちなんやな。と違う方向へ考えを巡らせる。彼女は俯いたまま、その表情は窺えないが耳が赤く帯びているのに気がつく。
今日はいい日だ。
朝からのおいしいご飯、向かい合ってのご飯、エプロン姿のちゃん。いいとこの三拍子。
「えぇよ。結婚してくれますか?」
「返品しないでくださいね。」
こちらに顔を向けたちゃんが可愛くて可愛くて、そのまま抱きしめた。
今朝の風景はこれからの朝に。
■ハピバ!アリス!という意味を込めてます。