8月10日
デューカデンドロン
― 沈黙の恋 ―
夫婦間の間に会話などなかった。
結婚してすぐのころも会話がなかったのだから、今更会話をしようとしても何を話していいのかと考える。
会話がなくても別に今まで困っていなかったし、これからも困ることはない。それに会話がないことは楽だった。
第一子が出来て、夜の務めもなくなるとますます私たちの溝は深まった。
仕事の方が忙しく、家に戻らない日のほうが多かった。
だから、
彼女が体を患わせていることにも気が付かなかった。
「父上。」
「…あぁ。なんだ。」
「母上がこの文を渡してくれと言っておりました。」
「そうか、わかった。」
「おやすみなさい。」
彼女との子は、文を私に手渡すと室から出て行った。
こんな父のそばには居たくないのかも知れない。
受け取った文はずしりとした重みがある。
文を開けば微かに香のかおりがする。…彼女のかおりだった。
紙面に目を走らせれば綺麗な、女性らしい文字が並んでいた。
あんなにずしりとしていた文なのに、内容は簡単なものだった。
『愛していました。』
たった一行。
それなのにその言葉にはたくさんの気持ちが込められているようで、頬を伝う雫に自分はまだ人の子であったかと自嘲気味に笑った。
「父上。少し、よろしいでしょうか。」
雫を吹き上げると、入室の許可を出した。
「父上は、母上を一度でも愛したことはありましたか。」
「・・・。」
真剣な瞳で見られ思わず絶句する。
「愛しているよ。」
「…そうですか。」
「お前に言われるまで、気が付かなかったけれどな。」
すると息子は吹き出し、父上でもそのようなことがあるのですね。と笑っていた。
「良かったです。これで母上も…」
「そうか。」
なにも言わなかった。
言わなくても、この家の何処にでも彼女の愛は落ちていた。
ただ、気付かず、知ろうしなかっただけ。
そう言えば、一度だけ聞いたことがあった。
「私は皇毅どのの側にいるだけで構いません。」
「…そうか。」
「えぇ、他は何もいりませんわ。」
最初で最後だったような気がする、彼女の本音を言葉として聞いたのは。
家に溢れているのはまさに沈黙の恋。愛を知るのが遅すぎた。
後書き
名前変換無の上に初キャラ。…もう偽者でも構いません。