8月15日

ヒョウタン
― 夢 ―




いつもは縁側で本を読んでいるはずの京極堂さんがいなかった。
いつもは目眩坂の途中で会うはずの関口先生がいなかった。
いつもは京極堂で夕方まで寝ているはずの榎木津さんもいなかった。
いつもは「元気にしてるか?」なんて言いながら私の頭を撫でる木場さんもいなかった。

…なんだか淋しい。
フラリフラリと歩いていれば、行きかう人々が花を抱え、ある場所へ向かっているのに気付く。

「あ。」

こちらの世界に来た時、唯一持っていた手帳を開く。
今日は8月15日。

「やっぱり…」
「なにがやっぱりなんだ。」

突然空から降ってきた声にビクリと体を動かす。

「え、えの、榎木、津さ…ん。」
「なんだその返事は!サルみたいだぞ!サルは関くんだけで十分だ!」
「榎さん、それは」
「ほら見ろ、サルはサルだ。」
「訳のわからないこと言っていないで、くんを放してあげたらどうです。榎さん。」
「む。なんだ京極!神に逆らうのか。」
「ずべこべ言わずにさっさと放せ。」

ゴツンと音をたてて拳固をくらった榎木津はを放し木場へと標的を変えた。

「あ、あの。」
「ほっときなさい。」
「…はい。」

目の前で繰り広げられる戦闘を止めようとしたが、京極堂がほっとけと言うのだから諦める。大体、あの二人の戦闘に入ったら入院せざるえなくなるし。

「それより、君は何しに来たんだい。」
「えっと、…今日は、終戦記念日だったんですね。」
「…あぁ。」
「私、忘れてました。」
「そうか。」
「・・・。」
「君が気に病むことはない、人の記憶は無限だか、覚えている記憶はほんの僅かだ。」
「でも、」
「それに、君はこうしてこの日を思い出した。」
「・・・。」
「それは紛れもない事実だ。人は教えられた記憶より、体験し自分で理解した記憶の方がより深く覚えているものだよ。」
「…はい。」
「君が自分の元いた世界に戻っても、この日はもう忘れないだろう。」
「勿論です。」
「それならいいのだよ。君は自ら気付き、理解し、覚えた。それで、戦死した人や私たちは救われる。」

その言葉に私と京極堂さんたちとの差を感じた。
そうだ、こんなに戦乱の世を治めてくれた人たちがいたからこそ、今の生活があるのだと。
食べたいものは直ぐに食べられ、学校には必ず行ける。外を歩いていても命を狙われる心配もあまりないし、海外にだって自由に行き来できる。
いつからそれが当たり前になったのか…
何故か涙が出てきた。

「京極!何をちゃんに言ったんだい。」
「…せ、関口せん、っせい、ちがっ、違うんです。」
「泣いてるじゃないか、何か酷いことでも言われたのかい?」
「なに!ちゃんを泣かせただと!京極、神の裁きを受けよ。」
「何を言ってるんですか。まったく…ほら、くんも泣き止みなさい。」
「は、はい。」
「ほら。」

木場さんから差し出された手ぬぐいで涙を拭く。
ここの人たちは優しい。

「皆さんに、夢ってあるんですか?」

そんな私の質問に呆気をとられる4人。

「そんなの神だからな。面白く楽しければいいゾ!」
「…うーん。平和だからな、特にないな。」
「ぼ、僕も旦那と同じだよ。」
「本が1日中読めれば十分だよ。」

夢なんてそう特別なことじゃない。
ただ夢を追いかけられている現在は平和なんだと思う。
平和だからこそ夢を見てそれを叶えることが出来る。
その平和をつくってくれた人がたくさんいたと言うことに今日は感謝してみよう。



後書き
トリップしてきた現代っ子。…終戦記念日に黙祷。