8月18日
コリウス
― 善良な家風 ―
お気に入りの古本屋がある。
偶然見つけたのだが、そこはまさにパラダイス。
そこの店主はなかなか話上手で、こちらの疑問を丁寧に理論付けて返してくれる。
段々とその古本屋にいる時間の方が長くなり、その古本屋を訪れる人たちとも仲良くなった。
と、ここまではいい。
ただひとつ問題があった。
「何だって言うんですか!」
「その男は誰なんダ!」
「だから、どの男です!」
「その男ダ!花を持っているじゃナイカ!」
「花?…あぁ、花屋の店員さんですよ。」
「僕のに花を贈るなんて!」
「話を聞いてくださいよ、榎木津さん。彼はですね、私の母が注文していた花を届けてくださったんです。」
「・・・。」
「ですから、私に花を贈ったわけじゃないんですよ。それに、私は貴方のものじゃありません!」
「…そうか、良かった。」
「納得していただけたようでなによりです。」
「では、!結婚しよう。」
「・・・。」
「なら何でも似合うゾ!ウエディングドレスでもいいし、白無垢でもイイ。」
「・・・イヤイヤ、何を仰ってるんですか。」
「む、何が不満だ。」
「全てです。」
そう答えると榎木津さんはいっそう不機嫌な顔つきになる。
この人の頭の中はどうなっているんだろうか、まったく突拍子もないことを言っては、周りの人を振り回していると言うのに。
「それにですね、私は理想が高いんですよ。」
「神に出来ないことはナイ!」
そういう問題じゃないと思います。とあえて突っ込まず。
「『善良な家風』ってご存知ですか?」
「ナンだ?それは、美味しいのか。」
「何でも私の家は善良な家風な家に嫁がなくてはならないのです。」
「…神だぞ。」
「神でもです。榎木津さんの家は善良な家風ですか?」
「んー…馬鹿な父がいる、子供より虫が好きダ!兄は変人ダ!」
「…(貴方も十分変人なのに。)」
「これは善良な家風じゃないな。」
「そうですね。」
考え込む榎木津をみて微笑む。
これならなんとか逃げ切れそうだ。我家には善良な家風の家に嫁ぐなんて習慣はないし、あるとしたら玉の輿!ってぐらいで。
それじゃ、この話はなかったことに。と口を開こうとしたその時。
「縁を切る、そしたら結婚できるゾ!」
名案ダ!と言って立ち上がった榎木津は、そのまま行ってくると一言残すと京極堂を後にした。
残された私は、何と言っていいのやら、そう兎に角呆けていた。
「・・・どうしましょう。」
「私に聞かれても困るよ。」
「中善寺さんが助けてくれればこんなことにはならなかったんじゃ。」
「君が変なことを言うからだろう。」
「うぅぅ。」
「それより、追いかけなくて良いのかい?きっと、君のご両親に会いに行くと思うけどね。」
「はっ!行ってきます。お邪魔しましたー。」
立ち上がり京極堂を出ると全速力で目眩坂を下りる。
ビクトール人形みたいな後姿を捜しながら。
「まったくそうぞうしいね。」
溜息をつき骨休めの札を掛けた。
後書き
榎木津家に嫁ぐには相当な精神力が必要だと思う。