8月28日

風船葛
― あなたとともに ―




「嫌いに決まってるじゃん。別に罰ゲームで付き合ってるだけだし…。」

その一言が、私と貴方を引き裂いた。
その台詞を言ったのは私。貴方が聞いてるなんて思わなかったから…友人にホントのところを突き止められ恥ずかしくて…。だから、心にもないことを言った。
人生ってのはホントに上手く出来ているもので、その事件の後、気まずいまま夏休みに入り、そのまま私の家は引っ越した。引っ越したって言っても隣の県だし、会おうとすれば会えたのに、うやむやなまま疎遠状態が続いた。

「はぁー。」
「何をしている。」
「なんでもない。ほら、あの部屋片付けて!」

そう男に言うとただ「わかった。」と呟いて私の指差した部屋へと入っていった。
人が思い出に浸ってると言うのに、まったく…空気の読めない奴だな。
そんなことを思いながらページを捲る。

数年経ってしまった。
私はそれからというもの彼氏と言う存在を作らず、男っ気なしのまま大学生へなった。
もちろん、気まずいまま別れた彼のことは噂で聞いて、知っていた。
いや、それだけじゃなくて、気になって、様子をこっそり見に行ったこともあった。
そう、それはあの青学の1年相手に負けてしまった試合を・・・。

「・・・。」

何も言葉に出来なかった。
貴方が負けるなんて思っていなかったから、付き合っているとき何度となく見た試合、公式も練習も絶対に負けることのない人だったから…。
負けてしまった貴方を見て、私はなにも言えなかった。元々声を掛けるつもりで来たわけじゃないのに、上手く唇が動かなくてどうしようと慌てている時、目が…目が合った。
笑うことも出来ず、何も言えず、視線は交わったまま。貴方が逸らしたりしなければ私は動けなかった。
その日の夜、携帯が鳴った。
久しぶりに聞くメロディーに恐る恐るディスプレーを見る。
『着信・真田弦一郎』
突然のことに頭はパニック状態、ディスプレーに表示された文字を食い入るように見つめ、軽く深呼吸をすると通話ボタンを押した。

「もしもし。」
『あ、真田だが、夜分遅くにすまない。』
懐かしい貴方の声。
「まだ寝ていないし、大丈夫だよ。」
突然のことでパニックになっているはずなのに、言葉はすんなりと滑りでた。
『…そうか。早く寝ろよ。睡眠不足は女の敵なんだろう。』
「覚えてたんだ。」
私が授業をサボって昼寝にしていた時の口癖。まだ、覚えていてくれたんだ。
『あぁ、理不尽ないい訳だったからな。』
「酷いなー。」
クスクスと笑うと、沈黙が続く。
『今日、来ていたんだな。』
「うん。近くまで遊びに行っていたから…」
本当は朝からこっそり来ていたのだが、あくまでついでを装う。
『そうか…。すまなかったな。』
「え?何が?」
『無様な姿を見せた。』
「…そうでもないよ。」
『・・・・・。』
「これからが、あるでしょ?これで終わりにしないでしょ?」
『・・・あぁ、そうだな。』
幾分か張りのある声に口元が緩む。
「頑張ってね。見に行けるかどうか分からないけれど、応援してるから。」
『あぁ。…それじゃ、ありがとう。』
「ううん、それじゃ、おやすみ。」

そんな、短い会話。私も誤解を解けばいいのに、そんな気にはなれなかった。
全国大会は結局見に行かず、結果は風の便りで知っていた。
全国大会終了日の夜、もしかしたら…なんて淡い期待を抱いた私は携帯の前から一歩も動かなかったが、連絡はなかった。
私たちの縁はこれで切られた。
と、思われた。あの日、友人の必死で頼み込む合コンへ妥協しながら参加しなければ。

・・・。」
「へ?」
合コンと言う雰囲気は苦手で、賑わっている輪から一人離れ座っていると急に話しかけられ声のしたほうを見る。
「さ、真田?」
夢かと思い、左頬を摘むが痛かった。つまり、夢じゃない。
「なんで、真田が合コンに。」
「あ、頼まれてな。頭数が合わないといわれてな…」
恥ずかしそうにそっぽを向きながら言う。
変わっていない。見た目は大人っぽくなって(いや昔から大人っぽかったんだけど)、一言で言うなら格好いい。でも、醸し出す雰囲気は変わっていない。
クスクス笑いながら揶揄うように「昔ならたるんどる!って一喝してたんじゃない?」と言うとまた、慌てながら頭を下げた。
合コンは苦手だと言う意見が一致したところで二人でその場を逃げ出し、駅までの間色々な話をした。
ケー番とメアドの交換をして、また連絡すると口約束すると私たちは上りと下りの電車に乗って別れた。
それから何度か連絡を取り合い、あの頃の話もするようになって、誤解を解いた。
そして・・・。

、終わったぞ。」
「はいはい。」
「『はい』は一回だと言っているだろう。」
「もう、良いじゃない。」
良くないと顰め面をする弦一郎の背中を押す。
「ほらほら、早く行かないとお義母様が待ってらっしゃるわ。」
「う、うむ。」
玄関へと強引に押す間、ダンボールだらけになった部屋を見る。
ここに引越ししてきた時みたい…。としんみりしていると弦一郎が気まずそうに声を掛けてきた。
「いいのか?」
「なにが?」
「その、俺と夫婦になっても…その、俺は愛情表現は上手くないからな。止めるなら今のうちだぞ。」
必死になって言っている弦一郎に自然と笑みが浮かんでくる。
「馬鹿ねー、私は貴方とともにいるわよ。」
部屋の扉を閉めると、弦一郎の腕に飛び込んだ。



後書き
ツンデレ彼女になってると嬉しい。