12月4日
ウインターグラジオラス
― 用意周到 ―
機嫌が良いと自然に鼻歌が流れてしまう。無意識のうちにだ。
だから、誰かに指摘されるまで気付かないことがしばしば。
「ご機嫌だねー。」
「胡蝶姐さん、わかる?」
「あぁ、が鼻歌を歌っているときは機嫌が良いときだからね。」
襖越しにコロコロと笑い声が聞こえ、私はまたかと顔を手で押さえてしまう。
「今度は何があったんだい。」
「ふふっ、内緒。」
「がそこまで言うのは藍様関係だね。」
「どうして!」と目を大きく開くと、ちょうど支度が終わって出てきた胡蝶姐さんと目が合う。
胡蝶姐さんはまた、コロコロと夜にお客を誘うような笑い声を響かせ、私の頬に手を添えてくる。
鈴の音のような声で、すべすべの手のひら。私が男だったら、通い詰めたいかもなんてくだらないことを考える。
「藍様と何かあったのかい。」
「何もないのよ。」
「何も?」
「そう。何もないの。ただ、ちょっとね。」
ふふっ、と笑ったは胡蝶の耳元へ口を近づけるとボソボソと話をし始める。
聞いていくうちに胡蝶の口元もゆったりと弧を描きながら、そう言うことならと番頭にを上がらせるように頼みこむ。
「仕事はちゃんとするのに。」
「いいんだよ。いつもちゃんとしてるじゃないか。」
「もう。」
「それより、気をつけるんだよ。」
あの人なら悪いようにはしないだろうが、藍様がそれに耐えられるかどうかは少し保障できない。
は胡蝶の心配をよそに笑いながら王宮への道のりを歩き始めた。
こそこそと慎重に廊下を歩いていく。
右、左、右。下、上。
・・・よし、大丈夫みたいね。
さっと身を滑らせるように入った部屋には現国王、紫劉輝の姿がある。はずだった…。
なんで、と目を逸らす。
「何故逃げようとするのかな?」
「え、なんでいらっしゃるんですか。」
「愛しい人が男と密会するのを黙って見てられるような男じゃないんだよ。」
「密会って…。」
「逢引きだったかな?」
「違います。」
遊ばれているのはよく分かっている。
私を本気で疑っているわけじゃない、ただ、きっと、いや絶対。
「拗ねてます?」
「おや、分かってくれて嬉しいよ。」
「・・・。」
「私をこんなに妬かせるなんて酷いな。」
酷いななんて言いながらも、楸瑛の表情は未だ嬉々としているではないか。
どうせ口でも勝てないのよねと思いつつ「ごめんなさい」と心からお詫びした。
「、私の心はとても深い傷を負ったのだよ。」
「だから、ごめんって謝っているでしょ?」
「癒して欲しいな。」
「・・・。」
詰められた間合い。逃げようと思った時は、時既に遅し。
手を引かれ、腰を取られ、ピッタリと寄り添うように抱きしめられる。
こうなってしまったら、逃げられない。
「あの、楸瑛。」
「なんだい。」
「お、お仕事はいいの?」
「あぁ、主上が頑張ってくれるらしいからね。」
サッと血が引く。のほほん顔の劉輝の顔を思い浮かべ、きっと洗いざらい話してしまったのだろうと予想する。
「そう…それなら、私は帰るわね。」
「おや?なんで?」
「えっと…劉輝が来れないんならその、ここにいると厄介だもの。」
「あぁ、確かに。後宮に女性の影があるとなれば色々厄介だね。」
…怒ってる。
まさか、見つかるなんてこれっぽっちも考えていなかったから、見つかった時の対処法を考えているわけなく。
どうしよう、と頭を抱え込んだ。
「仕方ないね。、帰ろう。」
「へ?」
クスリと笑った楸瑛の申し出があまりにも意外で、理解するのに数秒掛かった。
機嫌直ったのかな?と口には出さないが、人気のない道を歩きながら顔色を窺う。
「私も今日は退出の許可を貰っているんだ。」
「そうなんですか。」
「だから…家でじっくり聞いてあげる。」
耳元で囁かれた言葉に、身の危険を感じる。
自分の悩んでいたなんでもない関係から一気に飛躍しすぎではないかとひっそりと思った。
後書き
リクエストされた方は気に入っていただけたでしょうか。少し心配。