12月11日
チューリップ
― 早く会いに来て ―
火村のうめき声を聞いたのは大学三年の夏のことだった。
花火にかこつけて、飲みすぎた私と火村、アリスはそのまま私のマンションで眠りについていた。
夜も深まった丑三つ時に人のうめき声が聞こえた。ありえないと頭で否定しつつも幽霊という二文字が脳内を支配していった。
突然。原因のうめき声が止み、乱れた呼吸音と人の飛び起きる気配を感じた。
・・・。なんだ、人間か。安心したのはつかの間、ポツリと呟いた彼はどこかへ消えてしまった。
普段の私なら、ここですぐに寝てしまうのに、何故かもやもやとしたものが心を覆いなかなか眠れない。
結局、うめき声の主が火村だと言うことだけわかったものの、何も言うことも出来ずに朝を迎えた。
次の日、アリスから度々あんなことがあるんだと聞かされ、理由はアリスも知らないし火村が話すまでは聞かないと言った。気付いても気付かないふりをするんだそうだ。
火村も至って普段どおりで、昨夜のことなど少しも感じさせなかった。
時は流れて、火村は母校である英都大で准教授の席に付き、教鞭を振るっている。アリスは念願の推理作家になり、売れっ子作家ではないものの年に2、3冊本を出版している。
私はと言うと親友二人に比べて平凡なOL生活を送っている。
三十路を過ぎても変わらない友人関係に感謝しながらも、ふとした時にあの夜のことを思い出してしまう。
あれから、あの夜のような事態に遭遇したことはないが今更と言うこともあり、理由に関しては聞けずにいた。
アリス同様、火村の方から口を開いてくれることを気長に待ってみるのもいいかもしれない。
「疲れたー!」
んっ、と体を伸ばし会社を出る。駅に向かいながら歩いていると、何故かもやもやとしたものが胸を覆っていった。
不安になって、タクシーを拾うと北白川にある火村の下宿へと向かう。何度も電話を掛けてみるが、出る気配がない。
「お釣りはいらないから!」と太っ腹なことを言ってお札を差し出し、下宿先の大家さんに挨拶をすると火村の部屋へと進んだ。
「火村・・・入るよ。」
静かに中へ入れば、三匹の猫が擦り寄ってくる。
火村が寝室として使っている部屋へ進むと、いつの間にか猫はその姿を消し、薄暗い闇だけがあたりを包んでいた。
「火村。」
「・・・・・。」
ぼんやりと表れたその表情は化け物でも見たような驚いた表情だった。
また、悪夢を見たのだろうか。顔色が悪い。
持っていたミネラルウォーターを差し出すと「悪い」と言いながら喉を鳴らした。
「もう、平気?」
「あぁ。」
「そう、…。」
母性本能と言うのだろうか、弱っている火村の頭をゆっくりと撫でるとその頭に口付けを落とした。
「おやすみ。寝るときは、眉間に皺を寄せちゃ駄目よ。」
後書き
…名前変換なし。イメージ的には無意識のSOSみたいな…。