12月29日
スイセン
― 神秘 ―
「あぁー。」
空を見上げて少し溜息を漏らす。
「降ってきたようだね。」
ポツポツと降っていた雨は、段々と雨足を増す。
寂びれた野原に家一軒。あばら家と言ってもいい。
とりあえずは、そこに非難して雨が止むのを待ち続けようと彼が言った。
「なんで、そんなのんびりしてるんですか!」
帰れなかったらどうしようと言う不安が募り、のんびりと空を見上げる彼を睨みつける。
大体、この彼が私をこんな辺鄙なところまで攫わなかったら、いまごろは家で雨音を聞きながら本を読みふけっている頃なのにと不満を言わずにはいられない。
「大丈夫だよ。これはにわか雨だから。」
「…ホントですか?」
「あぁ、ほら、あちらの空はまだ明るい。」
彼の指差した方の空はまだうっすらと赤い夕日が射している。
それなら、もう少ししたらこの雨は止むのか。とホッとしたところで、腰に回っている手を外す。
「痛いじゃないか。」
「ドサクサにまぎれて何しているんですか!」
「いい雰囲気だっただろう?」
プリプリ頬を膨らませて怒っても、まったく懲りていない彼から十分に距離を取り、雨の降りしきる野原を眺める。
雨は恵み、光は恩恵。
自然は全ての神秘である。
どこの誰が言ったことか忘れてしまったが、雨を見るとこの言葉を思い出す。
「。」
「なに?」
「狐の嫁入りとも言うのだそうだよ。」
「…とうとう、狐にまで手を出しているの?」
見境ないんだからと肩をすくめ、首を横へ振るっていると、彼は慌てて声を上げる。
「なんでそうなるんだい!」
「…声を荒げるなんて、風情がないわよ。」
「はぁーそうじゃなくて、この雨のことを狐の嫁入りと言うのだそうだ。」
これ以上言っても私に口で勝てないことを十分に経験している彼は、狐の嫁入りについて教えてくれた。
にわか雨のことを狐の嫁入りに例えるなんて、ちょっと洒落ているではないか。
それにしても、誰にも見せないために雨を振っている時に嫁入りをさせるなんてその狐はよっぽど嫉妬深いのだろうか。
なんて、くだらない事ばかり考えていたから、彼の言葉を理解するのに十分な時間が掛かった。
「だから、君も嫁に来ないかい?」
「なにを馬鹿なこと言ってるの?」
理解はした。
私の気持ちからしても、凄く嬉しい。
だって、私は彼と会ってすぐに恋に落ちたのだ。つまり、一目惚れ。
「いや、私のところへ嫁に来てくれないかと思ったんだよ。」
「高いわよ。」
彼が好きなのは、ここで是と素直に返事する子なんだろう。
でも、彼が何気ない拍子で言った言葉に自分だけがこんなに焦っていることを知られるのが怖かった。
だから、態とそっけない返事を返す。
「いくらでも。」
私の考えなんてお見通しとでも言うように彼はクスクスと笑いながら、私の手を取る。
そのまま手を引かれたまま、雨の上がった野原に一歩踏み出した。
「ねぇ、綺麗ね。」
「あぁ。」
私は、雨の降りしきった野原を見る。光が射して、葉の水滴がキラキラと光って落ちる。
突然、その全ての視界は彼の胸元へ。
「なに?」
「今度、雨が降ったらお嫁においで。」
「…。」
クスリと思わず、笑みがこぼれてしまう。
もしかしたら、彼も狐と同じように嫉妬深いのかも知れない。
クスクスと笑って、彼の首に手を巻きつける。
「狐と一緒に婚礼の儀をしましょう。」
耳元で囁いて、二人で笑いあって。
そのまま、静かに距離をなくした。
後書き
名前が一切出ていませんが、初期の頃の楸瑛だと思います…。