いつものように、目眩坂を登り辿り着いたのは古本屋・京極堂。
骨休めの札がかかっているが気にせず扉を開けると、古い紙の匂いとどこか懐かしいそんな匂いがする。

「こんにちは。」

返事は返ってこないが留守ではないだろう。靴を脱ぐと居間へと続く扉を開いた。
突然衝撃が襲う。見上げれば榎木津さんが私を抱きしめニコニコと笑っていた。

「あの。」
「トリックオアトリートだ!」
「ですから。」

聞いちゃいない。私はそう確信する。
助けを呼ぼうと本を読んでいる京極さんを見つめるも、こちらをチラリと見た京極さんの視線はまた本へといってしまう。
わかっていたけれど、やっぱり助けてくれないんですね!
そのまま視線は隅にいる関口先生に向けられるが、先生は私を憐れむような表情で見るとバタリと音を立てて倒れてしまった。
今の今まで遊ばれていたんですね。ご苦労様です。
心の中で合掌しつつ、悪戯か?お菓子か?と楽しそうに騒いでいる榎木津さんを見て溜息をつく。
一向に拘束は弱まる兆しは見えず、仕方なく声を掛けてみる。

「座りません?ずっと立っているの疲れて…。」

そう言えば仕方なさそうにその場に座る。その時も私を放す気配は一向に現れず。

「ハロウィンならジャック・オ・ランタンが必要ですよね。」
「なんダ?それは。」

喰いついた。よし、これを逃がす手はない。
よいしょっと誠意一杯手を伸ばし鞄からジャック・オ・ランタンを取り出す。

「なンだ!これは!」
「カボチャのお化けですよ。女学校の友人が下さったんです。」

拘束は緩み、榎木津さんの視線はジャック・オ・ランタンに釘付け。
すっと滑り抜け、京極さんの元へ近寄る。京極さんはわかっているとでも言うように台所に目を向ける。

台所へ行くと千鶴子さんがカボチャを用意してくれている。せっせとカボチャの中身をくり抜き榎木津さんに私に行くと楽しそうにジャック・オ・ランタンを作っていた。
よしよし。小さく頷くと夕食作りに取り掛かる。今日の夕食はハロウィンと言うことでカボチャ料理だらけ。
カボチャパイにカボチャスープ、榎木津さんは嫌いだけどカボチャのクッキー。そして、京極さん向けのカボチャの煮付け。若い人向けにカボチャのオムレツを作ってみる。
夕食の準備が終わると料理を運びながら居間の状態を見てみる。
足の踏み場もないくらいに置かれたジャック・オ・ランタン。一回り大きいそれは関口先生に被らされている。フラフラとしている先生からジャック・オ・ランタンを外してあげている木場さん。張本人の榎木津さんはと言うとそれが不満らしくブーブーと文句を言っている。
その隣では楽しそうに三人組(青山、鳥口、益田)と敦子さんが談笑している。京極さんはと言うと相変わらず本を読んでいた。

「さぁ、皆さん夕食にしましょう。」

雪絵さんの一言で一斉に宴が始まる。
ワイワイ、ガヤガヤ、賑やかなどんちゃん騒ぎ。


そして宴も終わりに近づき、さぁここら辺でお開きにしましょうと千鶴子さんが言って皆、帰路に着いた。
私はと言うと、榎木津さんと一緒に夜道をブラブラと歩いて帰っていた。
楽しかったですねーとクルリと後ろを振り向けば、どうしたことか面白く無さそうな榎木津さんの顔を見る。
お望みのハロウィンパーティーまでしたのになんでこの人は何が不満そうな表情をしているのだろうか。

「榎木津さん?」
「・・・。」
「榎木津さんってば!」

近づけば待っていましたとばかりに手を引かれ、抱きしめられる。

「な、何ですか!」
「トリックオアトリートだ。」
「へ?」
「ん?なンダ!お菓子を持っていないんダナ!」

嬉々とした表情を浮かべる榎木津さん。

「だって、パーティーしたじゃないですか。」
「悪戯ダ!悪戯ダ!神に立て付こうなんて百万年早いゾ!」

危険を察知し、逃げようと試みるも一向に私と榎木津さんの距離は広がらない。寧ろ近づく一方。
悪戯はいりません、その言葉は発されることなく私の唇は塞がれた。