10月31日。
ケルト人の1年の終りは10月31日で、この夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出てくると信じられていた。これらから身を守る為に仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていたらしい。これに因み、31日の夜、カボチャをくりぬいた中に蝋燭を立ててジャック・オ・ランタンを作り、魔女やお化けに仮装した子供達がトリック・オア・トリート(お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ)と唱えて近くの家を1軒ずつ訪ねると言う風習が伝わっていた。

「Trick or treat!!」
「まぁ、怖い。さぁ、どうぞ。」

魔女やお化けの格好をしている子供達にお菓子を配りながらは微笑んだ。
・ヒスイ。本当ならば教理聖省所属の異端審問局・事務係であるれっきとした異端審問官なのだが、クリスマスと新年に並びこのハロウィン時には個々の教会へ赴き、子供たちにお菓子を配ることが義務付けられていた。

「Trick or treat!!」

この日の為に時間を掛けて用意していたのだろう。時々、吸血鬼の格好をした子供たちがいるがそれもこの日だけのご愛嬌として教皇庁も多めに見るように各省に指令がいきわたっている。
まぁ、実際はこの異端審問局が持ち合わせる特警に対しての忠告なのだが…。

「さぁ、どうぞ。」


お菓子を配り、教会を訪れる子供の影も居なくなった。街のほうを見れば家々に明かりが灯り、ハロウィンパーティーが行われていることを物語っていた。
教会のシスターにお菓子の籠を渡し、任務完了。
明日からはまた、はちゃめちゃな異端審問官たちの報告書と請求書の帳尻を合わせるために奔走しなければならない。運のいいことに私は結婚をしていないし、年の離れた兄弟もいない。つまり、ハロウィンとは無縁の立場にいることになる。明日の為に栄喜を養うことを優先と考えた私は、すぐさまアパートへと足を向ける。


アパートまであと数歩と言うところでアパート前に怪しい人影を発見する。

「あ。」

そのままUターン。
今日はシスター・パウラの家に止めてもらうか、仕事場の仮眠室で夜が明けるのを待つことにしよう。

「あぁ、さん。どちらに行かれるんですか?」
「…。」

手を引っ張られUターンをさせられた私の目の前には、モロッコの悪魔が微笑を浮かべていた。

「少し、用を思い出したものですから。」
「それなら、私も一緒に行きますよ。」
「いえ。」
「そうですか?」
「はい。ブラザー・マタイの手を煩わせるようなことではありませんわ。」
「なら、…わかりました。」

意外なほどにあっさりとした了承に内心驚きながらも顔には億尾にも出さない。
手も離され、ラッキーなんて思ったのもつかの間、また引き戻されスッポリと腕の中に納まる。

「あの・・・。」
「用事があるようなので、手早くこちらの用件を済ませますね。」
「はい?」

何を言っているのか全然理解は出来ず、しかし途轍もなく嫌な予感がする。
そして、笑顔のマタイから発せられた言葉は、今日散々聞いてきたあの台詞。

「Trick or treat?」
「・・・。」

流れるのは沈黙。

「お菓子、ないんでしょ?」

それじゃ、悪戯されても文句言わないでくださいね。と笑顔で迫るマタイ。
待て、待て、確かにお菓子は持っていないが、何故…。

「何で持っていないって断言できるんですか。」
「シスター・。貴方は今日、街教会へ派遣されていましたね。そこのシスターにお菓子を全て回収させていただくよう頼んでおいたんですよ。」
「・・・つまり。謀られたってことですよね。」
「人聞きが悪いですね。ちょっとした戦略です。」

どこがどう違うのかお聞きしたい。が、私はそこまで馬鹿でもないので聞かない。
そんな私に満足したのか、マタイは段々と顔を近づけてくる。近、づ、け…。

チュッ。
聞いているほうが厭らしく感じるようなリップ音を響かせ、マタイはの額にから唇を離す。

「!」
「悪戯は終わりです。…私からはとびきりのTreatを差し上げますよ。」

腰に手を回され、アパートへと誘導される。

「そうそう、今夜は寝させませんよ。」

嗚呼。神よ。この悪魔をくださるくらいだったら吸血鬼のほうが何倍もマシです。