● 言葉の意外性
「【馬鹿】
1 知能が劣り愚かなこと。また、その人や、そのさま。人をののしっていうときにも用いる。
2 社会的な常識にひどく欠けていること。また、その人。
3 つまらないこと。無益なこと。また、そのさま。
4 度が過ぎること。程度が並はずれていること。また、そのさま。
5 用をなさないこと。機能が失われること。また、そのさま。」
「・・・一体何が言いたいんだ。」
「いいえ、別に。」
不機嫌な先生は、私の言葉の裏を探そうと必死だけれども、別に何の含みもない。
ただ、気まぐれに国語辞典を引っ張り出し、気まぐれに開き、一番早く目に付いたところを読み上げただけ。
「あ!」
「なんだ。」
「先生は2番に当てはまりますね。」
『2 社会的な常識にひどく欠けていること。また、その人。』と言う文字を目で追う。
「ほー理由は。」
「んー約束破るし、連絡してこないし。」
「やっぱり怒ってるのか。」
先生が溜息をつく。溜息をつきたいのはこっちの方なのに。
怒ってる。 多分・・・。いや、絶対。
「はい。」
「あの日は事件があって。」
「知ってます、犯人が白を切り通す上に完璧なアリバイがあって、それを崩すのに夢中ですっかり忘れてたんですよね。」
「悪かった。」
「いいですよ。」
「約束は守れないかもしれないけど連絡するから。」
「はい。お願いします。」
あくまでも、事務的処理にする私に火村は頭を抱えている。
採点を終え、こちらを向き膝まづく。
「お嬢さん、一緒にお茶しませんか?」
「・・・っぷ。キャラじゃない。」
「行くだろ?」
「うん。」
なんだかんだ言って、私は火村が大好きなんだ。
こんな単純な一言でご機嫌になれるんだから。
「先生の言葉は凄いですね。」
「おい、先生はやめろ。」
「あぁ、ごめん。火村。」
「できれば名前がいいんだけどな。」
「・・・英生?」
「・・・。」
急に黙り込んでしまった火村の前に出て、顔を見れば柄にもなく真っ赤に。
いいもの見たかも。
ほんと凄いよね、言葉って。火村にこんな顔させるんだもの。
「ありがと、火村。」
ほんと感謝。いいもの見せてもらった。そんな五月の雨上がり。
【火村 英生】
● 燃える意気込み
やること全て、空回り。
部屋を片付けようとすれば大事な書類を紛失し、お茶を持っていけば躓いて主様にお茶を零し、掃除をしようと屋根に上れば落ちて大事な木の枝を折り、料理をすれば塩と砂糖を間違えて、買い物へ行けば道を間違え賊に有り金全部持っていかれる始末。
・・・ほんと碌なことになっていない。
こんな私なら直ぐにお暇をいただいてしまうのだけれど、ここの主様はただ笑って許してくれる。
「主様。」
「なんだ。」
「お茶をお持ちしました。」
「入れ。」
「はい、失礼します。」
広く、整った部屋で主様は仕事をしていらした。
「お仕事、ですか?」
あぁ、余計なことを聞いてしまった。私の悪い癖。
「あぁ。」
「へ?」
意外な返答にまぬけな声が出る。
「お前が聞いたのだろう。」
「え、あ、はい。・・・そうですか、お休みなのに大変ですね。」
「別に大変だと思ったことはない。」
「そ、そうですか。ごめんなさい。」
「何故あやまる。」
「え、いや・・・。」
「お前もこの屋敷で働けば休んでる暇などないだろう。」
「はい。・・・あ!いや」
「それと同じだ。執務が休みでも当主としての仕事がある。」
「そうですか。」
「あぁ。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「…お茶、こちらに置いておきます。」
「ご苦労。」
「いいえ。それでは、頑張ってくださいませ。」
部屋を出る時に頭を下げて言った。
「あぁ、お前もな。」
その一言で、私は仕事を何でもこなせる気分だ。
「ありがとうございます。」
【朽木 百哉】
● 見えない人
選択授業。
美術の選択をとっている私は、毎週この時間が楽しみで仕方がない。
偶然見つけたのだ。小さな、小さな書き込みを。
『告白するにはどうしたらいいのか。』
とても綺麗な文字だった。
私は、誘われるように教師の眼を盗んで答えを書いた。
『どんな子に告白するの?』
並んで書かれた私の文字は、なんだかいつもより下手に見えた。
そして、また美術の時間。
あった!書き込みはさらに増えていた。
『まさか、答えてくれる人が居たなんて思わなかった。
可愛い子だよ。小さくて、一生懸命で。』
『そうでしょ?私もビックリした。返事書くなんて。
凄く好きなんだね。その子のこと。』
私は、また書き込んだ。
そうやって、名前も学年も、なにも知らない私たちは美術室の窓側、後ろから3番目の席で会話しあった。
『告白、しないの?』
『きっと彼女は俺のことを知らないだろうから。』
『貴方はそんなに知ってるのに?』
『一目ぼれだったんだ。それに、彼女は友達のクラスメートだからな。』
『ふーん。色々聞いたんだね。』
『あぁ。・・・君はいないのか?』
『好きな人?』
『そうだ。君がくれる助言は助かっているからな。』
『いないよ。』
回を重ねるたびに私たちは互いに砕けた口調になっていった。
『私なんかのことより貴方のことでしょ?』
『それもそうだな。』
『確か、選択は美術で、同い年、図書室に通ってて、帰宅部。だったよね?』
『そうだ。』
『んーそれじゃ、最近は会話してるの?』
『あぁ、今朝は少し会ったよ。』
『よし、名前は?』
『覚えてもらっているはずだ。』
『ならOK!告白したほうがいいよ!』
『君がそういうなら・・・』
『大丈夫だよ。絶対。だって貴方良い人だもの。』
『そうか。』
・・・。終わった。私と彼との会話は終わり。
なんだか、淋しい。
「!・・・淋しいってなんだ!」
放課後の美術室に乗り込み、一人乗り突っ込み。
「俺は淋しいよ。」
「へ?・・・や、柳くん?」
「気付かなかったんだな。」
「なにが?」
「その書き込みの相手、俺だよ。」
「そう、なんだ。」
「あぁ。」
「じゃー告白、した?」
「いいや。」
「なんで!柳君ならバッチリOKだよ!」
「・・・」
考え込む柳君。
「・・・好きだ。」
「・・・・・・。」
「聞こえてるか?」
「・・・はい!」
「返事は?」
「えと、あと・・・好き?かな。」
「疑問系?」
「好きです。」
見えない相手に恋をした。見えない相手に恋された。
「見えない相手に恋してくれて、ありがとう。」
「こっちこそ、気づかなくてごめん。」
【柳 蓮二】
● やる気持続
「やる気、その気、元気に頑張ろう。」
「口じゃなくて手を動かせ。」
「・・・清雅。」
「俺がわざわざ休日出勤してるんだ。」
「・・・いっつも馬鹿みたいに働いてるくせに。」
聞こえないようにぼやく。
「聞こえてるんだよ。」
「地獄耳。ってか!別に手伝って欲しいなんて言ってないし!」
「ほーなら、お前はこれを終わらせるんだな。明日までに、一人で!」
「・・・・・。蘇芳君や秀麗ちゃんが手伝ってくれるって言った。」
「人を当てにするな。」
「当てにしてるんじゃないよ!」
「へー。」
絶対信じてない。
「当てになんかしてない。」
「そっ。」
そう、当てになんかしてない。
でも、嬉しいじゃない。『一緒に頑張りましょう』とか『手伝うぞ』とか気にかけられると、やる気でるじゃない。
「清雅にはわかんないだろうけどね。」
「わからなくていいよ。」
やっぱり冷たい。
きっと清雅にはわからないんだ。ちょっとした行動やほんの一言でどれだけ人が頑張れるのか。
「ぼさっとしてないでさっさと終わらせるぞ。」
ほら、こんな感じ。
清雅は他の人からの親切を捻じ曲げる癖がある。
それなのに、何だかんだ言って私のやる気を出してくれる。
「聞いてるのか?」
「聞いてますーーーぅ。」
「昼はお前の奢りな。」
「えーー!!」
仕事はまだまだ山積み。お昼に終わるかわからない。
それでも、清雅がわざわざ手伝ってくれるから、やる気になれる。
『ありがとね。』
照れくさいから、心の中で呟く。
【陸 清雅】
● 貴方からの応援
緊張する。こんなに緊張するのは今回だけかもしれない。
人生に一度の緊張に体が頭がついていかない。
ドキドキ、
ドクドク、 バクバク・・・
心臓の音はただひたすら早くなる。
「・・・おい。おい!」
「っぁ!あ、跡部。」
声をかけられていたことに気付き、顔を上げればよく見知った顔が。
「え、あ。なんで・・・」
「マヌケ顔だな。」
「な!なによ!!」
ここは、4年に一度行われる音楽コンクールの舞台裏。
関係者以外立ち入り禁止のはず。
「なんで、ここにいるのよ。」
「お前、俺を誰だと思ってんだ?」
「跡部、様ぁ?」
「なんで疑問系なんだよ。」
コツリと頭を殴られる。
「俺がわざわざ来てやったんだ、へますんじゃねーぞ。」
「しないわよ!」
「へっ、いままで泣きそうな顔してたくせに。」
「誰が!・・・見てなさい。いい演奏して見せるんだから。」
放送が入り私の出番を知らせる。
スッと立ち上がった私は、跡部を睨みそう言った。
「楽しみにしてるぜ。」
「えぇ。」
振り向かない。私の目はしっかりと舞台を見つめていた。
もう、大丈夫。通常の脈になった心臓をに手をやる。
トクリ、トクリ・・・。
貴方からの応援で私は緊張から解放された。
「ありがと。」
聞こえやしないけど、私は音に感謝をのせる。
【跡部 景吾】
お題使用
配布元:Abandon