● ときめき死する
「大丈夫か?」
差し出された手。
「う、うん。ありがと。」
その手を支えに転んだ私は起き上がる。
手を差し出してくれたのは、この学校でも有名な真田弦一郎。
強面の彼は、同い年には見えないため教師からも、生徒からも一目置かれて謙遜されている。
そんな彼が私に手を貸すなんて…思いもよらなかった。
てっきり幸村君かと思っていたのに。
「そうか、気をつけろよ。」
「うん。」
「お前はそそっかしそうだしな。」
「そんなことないよ!」
あまりの事に声を強める。助けてもらったのに、そんなこと言うのは可笑しいかもしれないけど、初対面で言う台詞じゃない。
すると、真田弦一郎は慌てた様子で弁解してきた。
「すまなかった。そう言う意味じゃなかったんだが・・・。」
「…うん。私もゴメン。」
しょんぼりとした真田弦一郎に言い過ぎた!と思いつつ自分も謝る。
「でもさ、初対面の女の子にそんなこと言っちゃ駄目だよ?」と付け足せば、真田弦一郎はビックリした様子で言ってきた。
「しかし、お前は先日も階段で転びそうになっただろう。」
今度は私が絶句する番。あの時は誰もいないとおもってたのに、見てたと言うのか。
「見てたの。」
「見えたんだ。」
「酷いや。」
「う。すまなかった。」
また言葉を詰まらせて真田弦一郎は黙った。
キーンコーンカーンコーン。チャイムが鳴る。
「ヤバッ!次、美術だった!」
真田弦一郎への挨拶もそこそこに美術室へ向かってダッシュする。はずが、また足を滑らせてこける。
・・・痛くない。あれ?
とっさに瞑った目を開けると真田弦一郎が私を支えてくれていた。
「あ、ありがとう。」
「やっぱり、そそっかしいようだな。」
「…へへへ。」
言い訳できない。これで目の前で3回転んだことになるのだし、そそっかしいのは認めざる得ない。
「それじゃーな。気をつけるんだぞ。」
「うん。」
ポンと頭を叩いて私とは反対の方向へ歩き出す真田弦一郎の後姿を見送る。
トキン。
触れられた手首が、頭が、熱い。
ドキン。
あれ?なんだか、心臓が早いや。
ドキドキ。
なんだか、死にそう。
トキメキドキドキ。
・・・あ。授業始まってるんだった!!
真田弦一郎に言われた通り、気を付けて走ったものの完璧に遅刻で放課後に説教されことになった。
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真田弦一郎
● 秘めた感動
凄いや。
これが正直な感想。あの人の剣さばきを見ていて思ったこと。
八百屋を経営している親父の代わりに王宮へ野菜を届けに来た私は迷い迷って武官達が練習している場所へとやって来た。
その時見たのだ。街でも(特に花街で)有名な彼を・・・。
「凄い、うわー。」
彼の部下だろうか、3人の剣をかわすと次々に剣を落していく。
また一人、また一人・・・。
周りの武官はもうへばっていると言うのに、彼だけは飄々と立っていた。
それから、私は毎回父親に無理を言っては王宮への宅配をやっている。勿論、王宮には男じゃないと入れないから男装して。毎回男装するのはめんどくさいけれど彼の剣を見れるならどってことない。
カーン。剣が飛ぶ。
凄いな。また私は思う。
「あ、帰らなきゃ。」
ボーっとしすぎたようだ、もう彼の姿はなかった。
「いないのか。」
「誰かお探しかな?」
「うわっ!」
上から降ってきた声に驚きながら見上げると彼が居た。
・・・ツーッと冷や汗が流れる。逃げなくては!本能がそう伝えるものの足は動かず、肩には彼の手が置かれていた。
「随分熱心に見ていたよね。」
「あぁ、凄いなと。」
「それに今日が初めてじゃないようだし。」
「・・・。」
「それに君は…女性だね。」
「えっ!」
予想外だった。何度か見ていたのがバレていることは薄々感じ取ってはいたが、まさか女だとバレるとは思ってもいなかった。
だって、ここに来る時はさらしを捲いて、男に見えるように言葉遣いや歩き方さえ学んだと言うのに、一言も交わしていないただ、見ていただけの彼に見破られたことに驚きが隠せなかった。
女とバレてしまったらただではいられない。なんせ王宮は女人禁制なのだ。
ゴクリと唾を飲むと相手の出方を見る。睨み合っていると彼は突然笑い出した。
「女性がそんなに怖い顔をしてはいけないな。」
「はぁ。」
「私は君を兵士に突き出す気もない、だから安心しなさい。」
そうニコリと微笑まれ、私は呆気にとられる。
「名は何と言うんだい。」
「・・・。」
「まだ信用されていないようだね。」
彼のその言葉にドキリとする。まるで心を見透かされたようだ。
クスッと笑った彼は「私は藍楸瑛。左林軍の将軍をしているんだ。」と自己紹介。
それでもまだ頑なに口を閉ざしている私を見て、肩を竦める。
「仕方がない、今度聞くことにするよ。女性に無理強いをするのは趣味じゃないからね。」
「ほら、お帰り。またね、お嬢さん。」と頭を撫でられ、背中を押される。
彼がまだこちらを見ていることは分かっていたが、振り向かずに真っ直ぐ王宮から出て行った。
あの人が、藍楸瑛。私は感動したことを伝えにまた王宮へ向かうのだろうか、それとも男装がバレたため王宮へは行かないのだろうか。
自分のことなのにわからない。
ただ、彼への感動は胸のうちに・・・。
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藍楸瑛
● 内緒のメッセージ
す
き
で
す
。
これは、先ほど提出した報告書の一番上の文字を一行おきに読めば出てくる、内緒のメッセージ。
こんなことをしたのは初めてじゃない。
もう、1年になるかもしれない。つまり、私は1年も片思いをしているのだ。
「あぁー。」
「何を溜息吐いているんです?」
「うぎゃ!ブ、ブラザー・マタイ!」
「うぎゃ!とは何ですか。酷いですねー。」
「急に現れるからです!」
「貴方が気が付かなかっただけですよ。私は部屋に入る前にも声も掛けましたし。」
どうせ、気が付かなかったんでしょうけど。と呆れ顔で言われれば、グウの音も出ない。
「・・・。で、何か用ですか。」
「やり直しです。」
バサリと投げられたのは、先ほど提出した報告書
「やり直しです。もう少し考えてください。」
「・・・。」
「明日までですよ。」
「分かってます。」
そう言ってブラザー・マタイは部屋から出て行った。
さて、皆さんはもうお気づきかもしれないが、私が好きなのはあのブラザー・マタイ。
糸目極悪腹黒神父と名高いブラザー・マタイなのである。
なんで好きになったんだって言われたら、私も悩むんだけど、なんでか好きになったのよね。
「はぁー。」
溜息を吐いて報告書を見る。
パラリと落ちたメモを拾い上げるとそこに書かれていた文を見て顔が紅く染まっていく。
『出来れば、愛してると言って欲しいですね』
・・・あのメッセージは気付かれたと言うことで。
・・・うわーどうしよ。恥ずかしくて顔を会わせらんない!
それでも、四苦八苦して再度提出した報告書の一番上の文字を一行おきに読んでいけば。
あ
い
し
て
い
ま
す
。
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ブラザー・マタイ
● あ、教えなきゃ!
私の好きになった彼は、校内でも有名人です。
下手をしたら校外にもファンが居るかもしれません。
兎に角、そんな凄い人なんです。
「跡部。これ、榊先生から。」
「あぁ。」
プリントを手渡しながら、ちらりと今日のご機嫌伺い。
眉間に皺がよっている。まるで青学の手塚君みたいだ。(こんなこと言ったら手塚君に失礼だよね…。)
「なに?なんか悩み事?」
「ハッ。俺様が悩むことなんてねーよ。」
…うっわ。鼻で笑いやがったよコイツ。
って言うか、相変わらずの俺様だよねー。・・・なんで、こんなやつ好きになったんだろう。
私、自己主張の激しい、自己中心的な人って苦手って言うか、嫌いだったはずなんだけどな。
いつの間にか好きになっていて、好きになればその他がどうでも全然気にしなくなってるし。恋って恐ろしい。
「んじゃ、渡したからね。」
「あぁ、サンキュー。」
嫌味ったらしく発音のいい英語も、前までは凄く嫌いだったのに今は悪くないし、朝から跡部と話せてラッキー、榊先生に感謝なんて思ってみたりもしなくない。
ニマニマとしていたのだろう教室に駆け込むと私の席に座り、こちらを見ながらニヤニヤと笑っている男を見つけた。
…最悪。
「ちょっと、そこ私の席だけど。」
「自分、跡部に惚れてたんやな。」
「うっさい。」
「照れとるんか、案外可愛い奴っちゃな。」
「アンタに可愛いなんていわれたくないんだけど。」
「・・・素直やな。」
「当然。」
言い切る私を見て、忍足はプッと噴出し笑い出す。そして私に席を明け渡すとそのまま自分の席に着いた。
席に着いたって言っても私の前の席なんだけどね。
「んで、告白せぇへんの?」
「するか。」
「なんでや。」
「…怖いじゃない。」
ソッポを向いて言うと、また忍足は楽しそうに笑い「ホンマ可愛らしいな。」と言いながら髪をワシャワシャと乱した。
「ちょっ…ちょっと、止めてよね!」
「可愛こと言う、自分が悪いねんで?」
「ボサボサになるってば!」
乱されていく髪のせいで、辺りのことなんて気にも留めていなかった。
そう、その様子を直ぐそばで見ていた跡部にも気が付かなかった。
「楽しそうじゃねーか。」
「ん?跡部やないか、どうしたんや?」
「あ、跡部!なんでここに。」
ちょっと待って、心の準備が!って言うか、なんでここにいるのさ。あぁ、私髪の毛ボサボサ…。
チクショウ!忍足め、覚えてろよ。
そう慌てている私を尻目に、跡部は忍足にファイルを押し付けると立ち去っていった。
私に目もくれずに・・・。
「あぁ、誤解されてもうたな。」
「いつから居たのよ。」
「んー可愛いって言っとった時やったかな?」
「最低。」
「まぁまぁ、そう怒るんやない。」
飄々とした表情で忍足は言うけど、それどころじゃない。
最悪、最悪、最悪。
「さっきの跡部、妬いとったで。」
「はぁ?」
「せやから、あんだけ不機嫌っちゅーことは」
「ないない。」
「…自分、鈍いって言われるやろ。」
「えー。」
「つまりやな。」
忍足がそう言って口を開いた瞬間、ポケットに入れていた携帯が鳴る。
断りを入れて、表示を見てみると新着メール1件。
なんだろ?って、跡部から!
ゴクリと息を飲み込んでメールを開く。無題、空白。ずーっと下にスクロールをし現れた文字。
『好きだ。愛してる。』
「嘘だ・・・。」
「ホンマや。」
「・・・。」
「両想いやんか自分ら。」
「・・・忍足、私。」
「借り1やな。先生には上手く言っとってやるわ。」
「うん、ありがと。」
走る。
あの後姿を探して。
走る、走る、走る・・・伝えなきゃ、教えなきゃ!
「私も、好きだよ。」って。
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跡部景吾
● 馬鹿みたいに叩いた
「好きだ。」
彼の言葉で私の頭は真っ白になっていた。
なにを。
「お前は気付きたくなかったかもしれないが、俺はお前が好きだ。」
「何言ってるのよ!」
バシバシとシリウスの背を叩く。
「ってー。」
「もう、変な冗談止めてよね。」
「・・・。」
いつもならここで、二人して笑い合うのに、シリウスはこちらを真剣な表情で見てくる。
やめて、
そんな瞳で見ないで。私まで、好きだと言ってしまいそうになる。
「本気だ。」
「嘘。」
「嘘じゃない。」
「だって、」
「好きだ。愛してる。」
「…。」
目の前が真っ暗になる。
私もシリウスは異性として好きだ。だけど、この返事には答えられない。
お願いだから、冗談だと言って。
シリウスは飽きっぽいからきっと私も捨てられる。今までの彼女みたいに。
そうしたら、もう二度と友人にも戻れないのだ。
そんなことを考えていたら、自然と涙が溢れてくる。
シリウスは泣き始めた私を見てオロオロとし、自分の制服の袖口で涙を拭いてくれた。
「・・・。ごめんな。返事はいらないから。」
「うん。私も、ごめん。」
しんみりとなってしまい、どちらからも別れを告げることが出来ず、そのまま二人して突っ立っていた。
その後、ジェームズが来たおかげで「じゃーね。」と別れの言葉を言って部屋へと戻っていった。
一人部屋の中でベッドの上に縮こまり泣いた。
いつか冗談だったと馬鹿みたいにシリウスの背を叩けることを願いながら・・・。
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シリウス・ブラック
お題使用
配布元:Abandon