一体どうして、こんなことになったのか。
まさか先生がそんなことで怒るなんてこれっぽっちも思わなかった。
数時間前、私は本に夢中なアリス先生に痺れを切らして「構ってくれないならいいです!!」と立ち上がった。
「先生?」
「んー、ちょっと待っててな。」
「それ、15回目です。」
「うん。」
「…(聞いてないよ。)」
久しぶりに会ったのに。
めい一杯オシャレしてきたのに。
自分の着ている服を見る。先週末に一目惚れして購入したものだ。一緒に買い物をした友人には似合っていると言われたが、やはり恋人からの反応は気になるのに。それなのに、当の恋人はまだ一度も私のことを見ていない。
「先生?」
「・・・・・。」
無反応。
「先生。私デートしてきますね。」
これは、ちょっとした冗談のつもりだった。
本当は自分も本でも読もうかと思って、きっと聞いていないだろうなと思いつつデートなんて言ってみた。
構ってくれない恋人への厭味の一つだったのかもしれない。
「駄目や。」
「へ?」
「君は恋人の俺を置いて誰とデートするんかな?」
「…秘密。」
「誰と?」
真剣な目で私を見るから。
その瞳にずっと映っていたくて、私は答えをはぐらかす。
「素敵な人です。」
「ふーん。」
「格好よくって、周りの人から慕われてます。」
「それで?」
「推理力も抜群で。」
「へー。」
「大好きなんです。」
「俺は君の事、愛してるよ。」
「・・・。」
頭の中にいた、素敵で格好よくって周りの人から慕われていて、推理力抜群で大好きな人。
目の前にはその人を書いた大好きで愛している人。
「そんな人を書いた人がもっと大好きです。」
「ん。大丈夫や、ちゃんとわかっとる。」
にっこり笑った先生は私を抱きしめた。
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作家アリス 有栖川有栖
姉様は誰にでも愛されていた。
私もそんな姉様のことが大好きだった。
同じ血が流れているはずなのに、私は姉様のように愛嬌があるわけでも賢いわけでもなかった。
いつもビクビクしており、緊張のし過ぎで愛想が悪いと言われることはいつものこと。
姉はそんな私に「貴方だけを見てくれる人がいるわ。」といつも言ってくれた。
だから私は、貴方を見つけてとても嬉しかったのに。
それなのに・・・
「なんでそんなことを言われないといけないの。」
「叫ぶな。姉は大人しいのにお前はじゃじゃ馬もいいところだな。」
「うるさいわよ!」
私は目の前の男に向けて手に持っていた墨壷を投げた。
当たって真っ黒になれば、まだ可愛げのあるものの男は墨を零すことなく、墨壷を受け取ると机の上に置いた。
余裕綽々の態度に腹が立って私は立場を忘れて、叫んでしまった。
「そんなに言うんなら、姉様と婚約すればよかったのよ。私を無理に男装官吏にしたからって、引け目でもあるわけ?冗談じゃないわよ。そんな同情なんてこっちから願い下げなんだから!」
机に積まれている書簡に気をつけて、室を飛び出した。
傍から見れば滑稽な限りだが、山のような書簡を倒せばその片付けは自分の仕事になる。
ゆっくりと室を出た私は、そこからは回廊を逃げ去るように走った。
一方、残された男は書簡の山の一つを睨む。すると山の後ろから人影が現れた。
「人の室で喚くな。」
「仕事もしない人に言われたくありませんね。」
「なんだと。…まぁ、いい。お前はアレを追いかけないのか。」
「今行っても、余計にこじれるだけだと思いますが。」
「フン。意地を張らないことだな。」
「ご忠告ありがとうございます。それより、仕事は一段落着きました。」
「暇ならくれてやる。」
「それは、どうも。」
ニヤリと笑みを浮かべた男は礼をすると、直ちに彼女のあとを追い掛けた。
女でありながら男として吏部の覆面官吏の仕事をこなしている彼女。
本来ならばありえないことだが、あの時は優秀な口の固い部下がどうしても必要で彼女に頼み込んだのだった。だから、彼女は私がその事に対して引け目があるとでも思っているのだろう。
しかしそれはお門違いというものだ。私は彼女が引き受けることはわかっていて頼み込んだ。
全ては自分が彼女を手に入れるために仕組んだこと。
彼女は幼い頃から素直じゃなかった。欲しいものをいらないと言い張り、肝試しをしたときは怖くないと言って一人で墓場まで行くのだと言って聞かなかった。喧嘩をしても自分が悪いと思っていても謝ることが出来なかった。
だから、私が彼女に求婚したところで素直に頷くとも思えず、かと言って手放す気にもなれず、回りくどい手を使った。自分の手元において、放れられないように。
「何をしている。」
「何って…仕事です。」
「・・・。」
「なにか、用があるんですか。」
「しなくていい。暇を出された。」
「何言ってるんですか、アノ件はまだ終わってませんよ。」
「いいと言っているだろ。口答えをするな。可愛くない。」
「…それを言うためにわざわざこちらへ?」
「最後まで聞け。」
「・・・。」
傍から見たらどんな風に見えるのだろうか。
名も知れない官吏二人が向かい合って言い合っているようにでも見えるのだろうか。
「お前が何を勘違いしているのかわからないが、最初から私の婚約者はお前だ。」
「・・・。」
「それに、私が望んで決まったんだ。」
「うそ。」
「だから口答えをするな。」
「…だって。」
「そう言うところは可愛くないな。姉を見習え。」
「うるさい。」
「だが、愛しく思っている。」
「なッ!!」
パクパクと口を開ける彼女がまた愛しくて、嘘だと言いたくなったが、彼女が抱きついてきたのでまた今度の機会にするとしよう。
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彩雲国 楊修
「無駄だ。」
「…清雅。」
「あいつに入れ知恵したところでお前は代わらず御史台のものだ。」
「別に逃げようって訳じゃないわ。」
「そうか?ならいいが。」
指すような目で見られ、逸らされたかと思うとフッと鼻で笑われる。
見送った先には妹である秀麗と何だかんだで面倒見のいい蘇芳の姿があった。
「妹想いなのよ。」
「どいつもこいつもなんであんなのに肩入れするんだ。」
「・・・・・。」
彼女の視線はようやく自分へと向けられた。
自分を視界に入れさせようと態と悪態吐くところが自分でも大人気ないと思うがそんなことは関係がない。なりふり構ってられる状況ではないのだ。
「清雅、それを直さないと秀麗には勝てないわ。」
「俺が負けるとでも?」
「いいえ。負けるとは思えない。でも、勝つこともないわね。」
彼女はそれだけ言うと何処かへと消えてしまった。
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彩雲国 陸清雅
「木場さん!」
たいした事件もなく、見回りついでにぶらぶらと町を歩いていた。
そんな時、見覚えのある少女が駆け寄ってきた。
「助けてください!」
いや、助けを求めて自分の背に隠れる。
「どうした?」
「榎木津さんに追われてるんです。」
少女は自分の逃げてきたほうを見て、追ってくる人影を探しながら答える。
その答えには“榎木津”と言うなんとも厄介な単語が含まれていた。
厄介ごとには巻き込まれたくない一心で呟く。
「俺は帰る。」
「だ、駄目ですよー。刑事は困ってる人を見捨てるんですか!」
逃げようとしたのに上着の袖をしっかりと握られて立ち往生をしていると、人ごみの中から奴の姿が。
「馬鹿木場!彼女を帰せ!」
「え!嘘!撒いたと思ったのに…」
少女は手を離すと一目散に逃げて行き、それを追うように奴が駆ける。
木場の前を走り去った二人のかけっこはまだまだ終わらない。
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京極堂 木場修太郎(榎木津礼二郎)