「お父様、お受けしますわ。」
「いいのか。」
「えぇ、とても良い方でしたもの。」
「…すまん。」
「何を言ってらっしゃるんですか。お父様に謝れると私が困りますわ。」
「そうか、そうだな。すまん。」
「ほら、また。」
「いや、すま」

慌てて口を噤んだ父親を見て、クスクスと笑う。父も苦笑いをしながら、内心ほっとしているようだった。退室を告げ自室に戻ると、一息ため息を吐く。

戦前、戦中は家族として上位の地位にいいたものの、戦後の今は名ばかりの名家。家計は火の車状態。そんな家の娘に、財力も家柄も申し分のない名家からの求婚話。
飛んで喜び、親同士の話は婚約披露宴まで進んでいる。
私も最初のうちは愚図っていたのだが、いまさら断ることはできないと親に泣き落としされ、冒頭に戻る。

「ふぅー」

私だって好きな人の一人や二人、(実際は一人だけど)はいる。
しかし、それを理由に断ることは出来なかった。

今年で23。もう10代の娘のように好きな人との結婚なんて夢を見ている場合ではないのだ。
そう、自分に言い聞かせると、早めに床についた。



「んっ。」

うっすらと目を開ける。カーテンから入り込んでくる光はまぶしい。
どうやら、寝過ごしたようだった。
ふと、違和感に気づく。

「あ、れ?」
窓の下においてあるチェスト。私の部屋には置いてない。
壁に掛かっている絵画だって、私の部屋にはないものだ。

「うわっ。」

ベッドから飛び起き部屋を見渡す。
私の部屋じゃない。だけど、知っている。この部屋はあの人の部屋だ。

「うそ…なんで。」

実は私、夢遊病者だったりしたのしら?それとも未練がましく夢でも見ているのかしら?

しばらくぼーっとしていたが、立ち上がって部屋をぐるりと一回り。
少し強めにコツリと窓に頭をぶつければ痛みがはしる。

「痛い。」
「ぶつけたら痛いに決まっている!!」
「うゎ!」

急に現れた部屋の主。

「れ、礼二郎。」
「何を驚いているんだ?」
「なんで、私ここにいるの。」
「僕が連れてきたからに決まっているだろう。」

どうだ、参ったか。と言うように胸を張り答える。
連れて来たって私、頼んでないし。

「あ、あの。礼二郎。私家に戻らないといけないの。」

そう、結婚前の娘が男の家で一夜過ごしたことがばれでもしたら、きっとこの縁談は破談となり、我家は崖っぷちだ。
結婚はしたくないけれど、本当は礼次郎のことが好きだけど。

!」
「なに?」
「僕はが好きだ!」
「へ?」
「僕は神だ!そんな馬鹿な男なんかの嫁になる必要はない!」
「何で知ってるの。」
「神だからな。」

盛大に発言した彼を見る。
そうか、きっと礼二郎は視たのだろう。私の記憶を。
礼二郎には嘘はつけない、分かった瞬間。
私の頬に涙が流れた。