礼二郎に誘拐されて、二人がともに思い合っていたことをわかったのだが、私たちの道はそんなに簡単なものではない。
私の家も没落だけど、いちおう世間体や面子と言うものはある訳で、いくら礼二郎の家が立派な元・華族であったとしても結婚前の淑女を連れ出すなど言語道断。
とにかく、ここにいろ!だの、帰る必要はない!と愚図っている礼二郎を引き離し、私は大騒ぎになっているだろう我家へと急いだ。
我家と薔薇十字探偵社との間には目眩坂ほどではないが坂があり、いつもは家に帰りたくないという気分的要素も手伝い随分と遠く感じていた。が、今はどうだろう。後ろを振り向けば、もう坂は遥か遠くに見え目の前ちょっとには我家。
なんとも単純な自分の思考に呆れつつも、軽やかな足取りのまま家の門を潜った。
「!」
「お父様、お母様。」
「一体どこに行っていたの!」
「今日はあちらの方がいらっしゃると言っていただろう。」
「すみません。」
「・・・。」
大人しく頭を下げれば、戸惑った両親は仕方ないと溜息を吐き僅かの残った使用人に私を連れて行くように言っていた。
「お嬢様、何かありましたの?」
「なんで?」
「嬉しそうですわ。」
この息詰まった家の中で唯一心を開ける存在の彼女。歳、性別、趣味ともに近かったからかもしれない。
本当なら器量よしの彼女なら他に職は沢山あったのだが、私のことを思ってこの家に仕えてくれていた。
「私、結婚したくないわ。」
「えぇ。」
「好きな人がいるの。」
「知っておりますよ。」
「・・・流石ね。」
「それで、お嬢様はどうされますの?」
「私は・・・。」
俯いてしまう。
礼二郎のことは好き。大好き。そばにいたい。ずっと、ずっと・・・。
でも、それが簡単のことではないことくらい私は理解できる。それほど、大人なのだ。もう、好き嫌いの感情だけで生きていくことは出来ないのだ。
窓の下には今日のお客様、私の未来の旦那様が立っていた。もう、時間切れ。
「私の思いは、ここに置いて行きます。」
「お嬢様・・・。」
「それじゃ、行って来るわ。」
にこりと微笑み、私は客人が通されたであろう大広間へと豪華なドレスを身に纏い足を進める。
「初めまして、小野子爵。」
「いやいや、このような可憐なお嬢さんだとは…。」
「お久しぶりです、さん。」
「ご無沙汰しております、誠司様。」
差し出された手に嫌々ながらも手をのせる。
見れば、その様子を私の両親、小野男爵と夫人も微笑ましそうに見ていた。
あぁ、クルシイ。
「お気に召してくださったようでなによりです。」
誠司様がにこりと笑いかけてくる。
きっとこのドレスのことだろう。婚約を了承した翌日に大量に運ばれた贈り物。それとは別に丁寧に包装されて贈られてきたのがこのドレスだった。
派手な赤、袖口にはレースがあしらわれており、腰から下の布には目が痛いほどのスパンコールビーズが縫い付けられていた。
はっきり言えば、好みじゃない。出来れば、これに袖を通す日が訪れないことを祈っていた。しかし、私の口から出る言葉はその感情とは反対のこと。
「えぇ、誠司様が選んでくださったのですよね?」
「はい、よかった。中々気に入るものがなくて、仕立て屋を呼んだんですよ。」
「まぁ…。」
呆れて声も出なかった。そこまで馬鹿な人だとは思っていなかったから。
誠司様と言えば私が感激して声を失っているとでも思ったのだろうか、得意げな表情をして「これくらい当たり前ですよ。さんは僕の妻になる人なんですから」と言っていた。
疲れるような客人が帰り、一息吐くために部屋に閉じこもった。
「お嬢様。」
「あぁ…疲れたわ。」
「大変な方でしたね。」
「えぇ、ホントに。・・・あなたも休んで頂戴。私も寝るわ。」
「畏まりました、…お嬢様。月が綺麗ですよ。」
彼女も居なくなり、部屋は静かになる。
月でも見ようかしら?そんなことを思い窓を開く。
「あぁ、綺麗。」
「そんな事ないゾ!のほうが綺麗だ!」
突然の声に吃驚して周りを見渡してしまう。下かと思っていたが姿はない。部屋の中にもいない。
「馬鹿だ、馬鹿だ。、目の前にいるじゃナイカ!」
目の、前?
だって私の部屋は2階。目の前って言ったら、木々しか・・・木しか・・・。
「礼二郎。」
「うふふ、ようやく気が付いたな。」
悪巧みが成功したような笑みを浮かべこちらを見ているのは紛れもなく私の思い人、榎木津礼二郎だった。
彼は木の上に座りこちらを見ている。
「あ、危ないわよ。」
「それより、またあの男と会ったな。」
「今日、会う約束をしていたのよ。」
僕を置いて…とブツブツ文句を言う礼二郎にほっとする。お父様や、お母様に見つかるといけないと思い礼二郎に中に入るよう勧めるがなかなか首を縦に振らない。
「。」
「なに?」
「好きダ。」
「・・・。私も、好きよ。」
その一言がきっかけになったのかもしれない。すっと顔を近づけた礼二郎は私の唇に己の唇を当てると、木から飛び降り家の外へと消えてしまった。この唇も、この思いもすべて貴方しだいだわ。
クスッと笑みをもらすと、まだ暖かい唇を供に夢の中へ落ちていった。
神は全てを奪ってく