礼二郎が私の唇を奪って一夜が明けた。
最近は、婚約のことで一日が長く、夜が短く感じていたのに今日はどうだろう。夜は確かに短かったが、憂鬱な気分ではない。寧ろ快適だ。
久々にパチリと目を覚ましたような気がする。
コンコンとノック音が響き扉が開かれた。
「お嬢様。…起きていらしたのですか?」
「えぇ。なんだか目が覚めてしまって。」
そう言って笑いかけると彼女は、安心した表情を浮かべ「それは良かったですわ。」と言っていた。
昨夜、月が綺麗だと教えてくれたのは彼女だった。もしかしたら、礼二郎を手引きしたのも彼女だったのかもしれない。
「ありがとう。」
ポツリと呟けば、彼女は「何のことでしょう?」とクスクス笑いながら今日着る服を用意してくれた。
この思いは、まだ、まだ、大事に閉まっておく。
「お嬢様、今日はいかがなされますか?」
「あちらの方が私を舞台に招いてくださっているの。」
「そうですか。…大丈夫ですか?」
心配そうな彼女の声。あぁ、本当に。彼女は私のことをよく知っている。
私が礼二郎を好きだと自覚する前に彼女は私が礼二郎を好きだと知っていたのだろう。
「平気よ。」
今の私には平気だった。いくら家の為とは言え、好いてもいない男のもとへ嫁ぐのは嫌で仕方がない。もちろん、どこかに出かけるのさえ遠慮したい。
でも、私には…、今の私には…
「お嬢様?唇をお切りになったのですか?」
彼女に言われて私は唇に手を当てていることに気が付いた。同時に、昨日の出来事を鮮明に思い出してしまい、柄にもなく頬を染めてしまう。
「あ、…少し考え事をしていたのよ。」
「そうですか。…それでは、朝食の準備をしてまいります。」
一礼をすると出て行った彼女を見ながら、熱くなった頬を覚ますように手で仰いだ。
朝食を食べ、一段楽していると小野子爵と誠司様が迎えに来てくださった。
外国の有名車なんですよと自慢げに話す婚約者に愛想笑いを浮かべつつ、車窓に流れる人ごみを見ていた。
薔薇十字探偵社で和虎さんや益田さんを扱き使いながら相変わらずの暴君を繰り広げているのかしら?それとも、まだ眠っているのかしらね。小さい頃から一度寝ると自ら起きるまで寝続けていたし…。少しは、私のことを思っていてくれているのかしら?なんて、取り留めのないことばかり。
ふと気がつき、思考を止める。
今の私の頭には礼二郎のことしかなかった。改めて思うと恥ずかしいものである。
それでも、それが妙に心地よくって仕方がなかった。
神は全てを狂わせる