「あら、静蘭ってば早いのね。」

また、彼女は音沙汰もなくやって来た。



後・御家騒動


「なんでここにいる。」
「いつものことよ。」

にっこりと彼女は笑った。
彼女の名は。静蘭の昔を知る者であり、浪燕青の妻である。
そして、その夫である青燕と事あるごとに喧嘩をしては遠く離れた紫州へと家出してくる。

「…子供はどうした。」
「寝てるわ。もぅそろそろ………。」

の視線が奥の室へと向けられる。それと同時に火が点いたような泣き声がする。

「ほらね?・・・はいはい。」

子供をあやしに行ったを追うように連なって行けば、そこには母親の顔をしたがいた。
子供の方はと言うと、が抱いたとたんに泣き止み再び眠り始めた。

「私が抱いても泣かないのにね。燕青が抱くと泣きだしちゃうの。」
「熊に抱かれて喜ぶ子供がいるか。」
「髭を剃っても駄目なのよ。茗才さんや克洵さまが抱いても泣かないのにね。」
「それは・・・。」
「そうよ。あの馬鹿、十日に一度、夜遅くに帰ってくるの。」

これまで何度それで家出されたんだ。それでも、帰らないのか。甲斐性なしだな燕青。と心の中で思う。
そして、室に入りたくても入れず外でウロウロとしている男に溜め息を吐く。

「だからね。静蘭。大切なのは産みの親より育ての親。」

にっこりと微笑んだ彼女はとんでもない事を言いだした。

「この子が小さいうちに再婚しようかと思って。静蘭でも良かったんだけど、克洵さまの妾にでもなろうかなって。」

うふふっと軽やかに笑う。も外に燕青がいることは分かっているはずだ。
なのに、こんな問題発言。

「もぅ、そろそろ従者が文を持ってくるはずなのだけど。」

の視線は燕青のいる外へ。

「いらっしゃらないのかしら?ねー静蘭?」

ねー静蘭?と言われても俺には何も出来ない。
やがて諦めたように燕青が入ってきた。

「あら、遅かったんですね。」
「・・・。その、悪かった。」
「構いませんよ。文を下さいますか?」
「あの家に入るのか。」
「えぇ。とてもいぃ家ですもの。」
「そりゃー克が頑張ってるからな。」
「えぇ。とてもいい方ですもの。さぁ、早く。」
「どうしても、か?」
「どうしても、です。」

文を渡され、嬉しそうにする

「ありがとうございます。」
「・・・。」
「なにか。」
「本当に妾になるつもりか。」
「・・・。」
「・・・・・・。」

続く無言の攻防戦。互いに視線をそらさない。

「…っふ。冗談よ。」
「なに!」
「なに本気にしてるのよ。新婚の邪魔は出来ないでしょ。」

少しは考えなさいよねーと彼女は言う。

、じゃーそれはなんだ。」
「あぁ。これ?」

文をヒラヒラと降って笑う。
妾のことじゃなかったらいったい何が書かれているのか。凄く気になる。
が口を開く。燕青と静蘭の喉がごくりと鳴る。

「職場に子供を連れてきていいか申請してたのよ。その許可証よ。」
「は?」
「帰ったらこの子を連れて出仕してね。」
「・・・・・。」

開いた口が塞がらない。そんな燕青に静蘭が一言。

「やられたな。」
「あぁ。」
「ほら、帰るわよ。」

そう言った彼女は子供を抱き外へ飛び出した。追うようにして燕青も行く。
軽がると塀を飛び越え姿が見えなくなる。

「ふー疲れたな。」

でも、これで安心だ。燕青も子供がいれば帰らざるおえないし。が家出することもなさそうだ。

「静蘭ー。またねー。」

そんな彼女の言葉。
・・・また来るのか。

紅家家人、静蘭の平穏はまだまだ遠い。



*御家騒動最終編