「七経のなかで基子が勇王に説いた天下を治める九つの大法は。」
「えっと、五行・五事・八政・五紀・皇極・三徳・稽疑・庶徴・五福です。」
「では、七経のどの書、どの項だ。」
「書経、洪範の項です。」
我が名背負いし者へ
先ほどから絳攸との一問一答が始まっていた。
最初は怪訝そうな顔をしていた絳攸であったがが質問にすらすらと答えていくと眉間の皺がなくなっていく。
そして、どの位の時がたったのだろうか。
絳攸の口が閉じられ終止符が打たれた。
「お前は何故、国武試を受けるんだ。」
「生きるために。」
「生きるためだと?」
「私は剣を持ちました。生きるために、守るために、そして自分であるために。」
「自分であるため?」
「えぇ。」
寂しそうに笑ったを見て、絳攸も楸瑛も声を掛けられなかった。
「様。大丈夫ですか?」
「あぁ、平気よ。」
「無理をなさらないで下さいね。」
「わかっているよ。心配してくれてありがとう。」
「主人、あの男が来たようだ。」
京に言われの視線は入り口へと行った。
ここは藍邸の数ある室の一室。
のためにあてがわれた室で窓の外には手入れの行き届いた庭が見え、それは見事であった。
「なにか、御用でしょか?楸瑛様。」
「あぁ、明日から絳攸が勉強を見てくれるようだよ。」
「そんな!ご迷惑じゃ。」
「いや、絳攸が自分から言ったんだ。それに国武試の会試はそれなりの教養は必要だからね。」
「…まだ、州武試にも通っていませんのに。」
様が笑って言えば、楸瑛様はいたって真面目な顔をして「君なら出来るだろう?」と、一言。
やはり楸瑛様は侮れませんわ。
様がお強いことを認めてくださってる事は私にとって喜ばしいことですわね。
主人が笑って交わした言葉に目ざとく反応した藍楸瑛。
やはり藍楸瑛は要注意人物だな。
それでも自分の主人を褒められると悪い気はしない。
「あの。それで…その。」
「ん?なんだい?」
「国試は正三品以上の後継人がいなければいけないのですよね?」
は心配そうに言う。
国武試の女人受験など国試と同じほど難しいことだ。法案が通ったとしてもそれには同様に後継人などの制限が出されるはず。
そんな表情を読み取ったのか楸瑛は微笑みながら言う。
「あぁ、大丈夫だ。そこら辺は主上と絳攸がどうにかしてくれるよ。」
「そうですか・・・有難う御座います。」
は素直に楸瑛に頭を下げ、それと同時にこんな風に思った。
遣ること為すこと、素早い。
この男は、女好きに見させて一番他人のことを気付く。厄介な奴だと。
ポンポン。軽く頭を撫でられる。
「あ、あの。」
「無理をしないでも大丈夫だ。」
「…。」
「そんなに畏まらなくてもいい。君の側にいたあの子達と話す気持ちで私とも話してくれるかい?」
「善処します。」
そんな硬い返答にクスリと笑みを浮かべ、おやすみ。と言った楸瑛は室から出て行った。
楸瑛が出て行くのを見送ると、床の上にペタリと座り込み頭に手をやる。
撫でられたのは、何年ぶりだろう。
私が一人旅に出るようになってから初めてだ。
あの人になら、
あの人になら、心を許せる気がした。
(京、柚子。貴方たちは)
「主人、俺たちは黒州と白州に行って来る。」
「私も京と一緒に行きますわ。」
「そう、ありがとう…。」
室から闇に紛れて二つの影が飛び出した。