彩雲国国王。
普通ならお目通りのかかる相手ではないのだが、今回は特別だった。
いつもより少し上等な着物を着て、紅をさす。
楸瑛の手配した車に乗り、王宮へと向かった。門番に手紙を見せるとすんなりと中へ入れてもらえる。
人気なのないことを確かめながら前に一度だけ訪れた部屋へと歩いて行った。

こうも簡単に王室へ行けてもいいのかしら?
あら、あれは…。

前を見るときょろきょろと辺りを見ている絳攸の姿があった。
また迷子になってしまったのだろうと近寄りながら声をかけた。

「絳攸様。」
「う!あー、か。」
「こんにちは。今からどちらに行かれるのですか?」
「ん。あぁ、主上の所にな。」
「一緒ですね。宜しかったら、一緒に行きませんか?」
「あぁ。」

迷子ですかとはあえて聞かず、微笑みながら王の執務室へと向かった。
それにしても、ここは王の執務室とは程遠い場所。人気もない静かな場所だった。

「どうだ、勉強は。」
「面白いです。」
「そうか。」
「剣のほうの練習も楸瑛様が付き合ってくださっていますし、受かって見せます。」
「楽しみにしている。」
「でも・・・。」
「なんだ?」
「お仕事のほうは大丈夫でしょうか?楸瑛様は毎日付き合ってくださいますし…。」
「心配することはない。遊ぶ時間があるんだったらに付き合うべきだからな。」
「・・・そう言えば、最近は妓楼に行っていないみたいですね。」
「らしいな。」
「えぇ、あ。着きましたわ。」

扉の前で足を止める。
絳攸が扉を開け、も後に続いて入室した。

「失礼いたします。藍楸瑛様はいらっしゃますでしょうか。」
「あぁ。じゃないか、絳攸と一緒に来たんだね。」
「えぇ。」
「楸瑛、誰だ?」
「彼女ですよ。次の国武試受験者は。」
「初めまして、主上。塔と申します。」

跪き、両手を胸の前で組み合わせての跪拝。
顔を上げるように促され、すっと立った。その視線の先には何故だか懐かしい顔を見た。

なのか!」

主上が立ち上がりこちらを見ている。

「…あなた。」
「劉輝だ。幼い頃、池の前で会ったことが」

幼い頃?池…。そう言えば、一度だけお祖父様に連れられて訪れた王宮。
暇で暇で仕方がなくって、池まで遊びに行った。そしたら、居たのだ。茂みに隠れるように蹲って泣いていた男の子が。
でも、まさか。

「もしかして、泣き虫の劉輝?」
「な、泣き虫ではない。」
「あ。うん。ごめんなさい。…でも、あの劉輝が王になっていたのね。」

全然知らなかった。
お祖父様から連れ出してもらったあの時からは、私は世の中のことを教えられることしか知ることができなかったから。

「知り合いだったのかい?」

楸瑛が驚いた表情をしてこちらを見ていた。
咄嗟のことで返事が出来ずに居た私の代わりに、劉輝が説明をし始める。

「うむ。幼い頃、王室に刀鍛冶が呼ばれたのだ。その刀鍛冶が連れていた娘がで、一緒に遊んだのだ。余が兄上たちに苛められている時にも助けてもらった。」
「だから、私の祖父が刀を打ち終わるまで主上とは何度かお会いしたことがあったんです。」
「なるほど。」
は武官になるのか?」
「えぇ。だから、ありがとう。そして、武官として入ってきた時は知り合いじゃないから。」

劉輝の目をしっかりと見ては言った。劉輝もの真剣な眼差しを受け止め、頷く。

「わかった。」
「でも、よかったわ。二度と劉輝には会えないと思っていたから。」
「余も心配したぞ。蓮丈が亡くなったと聞いていたから・・・。」

劉輝はこちらの様子を窺いながら言ってきた。心配している劉輝に微笑みかけるとありがとうと呟いた。
の昔を知っているものは少ない。
だからこそ今日劉輝と出会えたことは、にとって本当に嬉しいことだった。



「今日はありがとうございました。」

回廊を歩きながらは楸瑛に礼を言った。

「いいよ。殿があんなに話すことはないからね。」
「そんな。」

恥ずかしくて顔を下げてしまう。
あれから劉輝との再開がとても懐かしくて、昔話に花を咲かせてしまったのだ。

「少し、妬けたかな?」
「…ご冗談を。」

クスクスと笑いながら返す。
絳攸と歩いているときもだったが、やはり王宮に女がいるのは珍しいようで奇怪な目で見られる。あまり気持ちのよいものではなかった。
それを楸瑛は紛らわすように話しかけながら、視線を遮るように壁となって歩いていた。
そんな楸瑛の優しさに微笑みながらは王宮の出口までの時間を心から楽しんでいた。