「藍家の若造じゃないか。」
「宋太傳。」
「こんなところで油を売っている暇があったら相手をしろ。」
剣を抜き楸瑛に突きつける。楸瑛は苦笑するとの背を押した。
我が名背負いし者へ
「彼女が国武試の女性受験者ですよ。」
「…ふむ。」
鋭い眼光に睨まれながらも、は萎縮することなく深く礼をする。
「おぬしが…」
「はい、塔と申します。この度は国武試の女人受験にご尽力頂き、誠にありがとうございます。」
「おぬしが相手をするか。」
「はい?」
剣はへとはっきり突きつけられている。は目を丸くし、楸瑛のほうを見ていた。
見れば今日は剣を身に着けていない。
おもしろそうだとは思ったが、これではあんまりなので楸瑛はの前に出ると助けを出した。
「宋太傳、彼女と打ち合いは彼女が無事に武官として配属されてからでもいいでしょう。」
「いいだろう。」
剣を直すと宋太傳は踵を返し、奥へと戻っていく。その途中、思い出したように振り返りの顔を見る。
「蓮丈の娘。待っているぞ。」
「・・・待つ、必要はございません。時は流れますから。」
「懐かしいな。その言葉は。…上がってこい。」
「はい。」
は再び頭を下げた。
「時は流れていますから。」そういったときのはとても哀しそうに笑った。なんだか困ったように懐かしみながら。
そんな表情は、とても綺麗に思えた。
楸瑛はと多少強引ではあったが一緒に暮らし、今は剣の稽古をつけると言う名目で共にすごす時間も多い。
そんな中でもがあのように哀しく笑う顔を見たことはない。
ただ夜になると一人池の前に立ち、なんとも言えない表情で空を仰いでいた。
「楸瑛様?いかがなさいました?」
「ん?あぁ、なんでもないよ。」
「なら、よいのですが。」
あまり納得していない表情で頷きながら、はまた回廊の前を見る。
その顔にはもう先ほどのような哀しみは映し出されていなかった。
「殿。」
「はい?」
「君は今でも武官希望かい?」
「当たり前です。楸瑛様の顔に泥を塗ることはいたしません。それだけは、信じてください。」
しっかりとした口調だった。
「あぁ、信じるよ。ところで、殿。何か欲しいものはあるかい?」
突然話を変えられ呆気に取られている。
楸瑛はがよく市に行き、紅や香を見ているのは知っていたし、女性に贈り物をしないのは気が引けた。もちろんも、一応年上とは言え五歳しか変わらない楸瑛に何か貰うのは気が引けた。
どう答えようかとが返答を悩んでいると、楸瑛はクスリと笑い「それではこうしよう。」と提案をする。
「無事国武試に合格した暁には贈り物をさせて欲しい。」
「そんな・・・。」
「迷惑かい?」
「迷惑だなんて。でも、こんなに親切にしてくださっているのに…」
「いいんだよ。合格祝いくらいさせて欲しいな。」
「そういう事でしたら。」
「それはよかった。さて、私はこれから行くところがあるから、殿は帰りなさい。」
「…妓楼ですか?」
「・・・。殿?」
「えっ、あ!すみません!あの私はこれで。お気をつけて、失礼します。」
それだけ言うとパタパタと門の外へ駆け出していった。
一体、なんだったんだろうか。下手な期待はよしたほうが良いと自分に言い聞かせる。
下手な期待?何を期待しているんだ。自分と殿の間には何もないのに。
考えても埒が明かず、楸瑛は足を城下へと進めた。
一方も自分の言った言葉の意味を考えていた。
何故あんなことを聞いてしまったのだろう。ただ、口から滑り落ちていっただけだ。
あのまま一緒に藍家別邸に帰ってくださるものとばかり思っていたから…。
なんでそんなこと思ったのかしら?
こちらも考えても答えは出ず、帰路についたのだった。