『妓楼ですか?』

先日、自分の言った言葉を思い出し頭を抱えた。
あれは失言だった。何故あんなことを言ったのか解らない。ただ、気付いたら口に出ていて…。あの時の呆気にとられた楸瑛の顔が過ぎる。
あれから私は楸瑛様にお会いしていない。きっとあの言葉が原因なんだろう。




「何を一人で百面相しているんだ。」
「へ?…絳攸様。」
「筆が止まっているみたいだったからな。」
「すみません。」
「いや、休憩中だからいいんだが…。」

絳攸による講義の合間。
滅多にない休憩時間に一人ブツブツ考え込んでいるの顔を覗き込んだ絳攸は、ころころ変わる表情に一抹の不安が過ぎった。
もしや、楸瑛がにも後宮の女官や妓女たちと同じようなことをしているのではないかと思う。
顔がいいのは認めるが、はそんなことでは靡くように見えないが何か弱みでも握られているのか…。

「あ、あの。絳攸様?」
「なんだ?」
「楸瑛様のことなんですが。」
「あいつが何かしたのか!」
「へ?」
「・・・違うのか?」
「えーっと、はい。絳攸様が心配されているようなことはないと思います。」
「そうか。」

自分の勘違いということもあり気恥ずかしくなった絳攸は、視線を逸らすように窓の方を向いてしまう。

「あいつがなにか?」
「先日からお会いしていないものでしたから。」
「あいつは帰ってこないのか。」
「えぇ。なにかお仕事でもされているんですか?」
「いや、何もなかったと思うぞ。」
「そう…ですか。」
「あ、あいつは武官だからな。色々とあるんだろう。」
「そうですね。あ!そう言えば、女性官吏さんがお戻りになったのではないんですか?」
「あぁ、よく知っているな。」
「風の噂です。本当は絳攸様もお急がしいのではありませんか?」
「そんなこと」
「嘘はいけません。私も21です。自分で勉強する位出来ます。」

が何を言いたいのか解ってきた。
彼女も絳攸の所属する吏部がいつも仕事が終わっていないことは推測できたのだろう。それに加え、茶州でのことにより主上付きとしての仕事も増えた。
引き受けたことを放り投げるのは性に合わないが、考え抜いた末に出した結論は、一段落するまでは講義を十日に一度と言うことにした。

「今日もありがとうございました。」
「あぁ、解らないことがあったらあいつにでも聞け。なるべく俺も来れるようにする。」
「まだそんな事をおしゃっておいでですか。」
「悪いな。」
「いいですよ。もしよろしければ、こちらを。」

そっと差し出された包みを受け取ると風呂敷越しに仄かな暖かさを感じる。
軒に乗り込み、もう一度の方を見る。変わらずまっすぐとした視線をこちらに送り、絳攸が見ていることに気がつくと微笑み礼をする。
そんなこんなしているうちに軒はゆっくりと進みだし、王宮へと速度を上げる。
自然と溜息が出てきた。
時々、が見せるあの瞳は黎深様に拾われる前の自分のようだった。

軒は次第に緩やかになり、止まる。
仕事だ、は必ず女性武官としてこの王宮へ足を進める。それを出迎える用意は今度こそ万全にしておきたい。例え、自分の手の届くことでなくても彼女が堂々と胸を張って働けるように。



だから、この胸の騒ぎは杞憂であるといいのだが…。