絳攸との講義があってから7日が経った。
「あと3日・・・。」
ポツリと呟いた言葉は誰の耳にも届かず宙に消える。
我が名背負いし者へ
絳攸からの宿題は終わってしまっていた。今日やるはずだった読書は昨日の夜に眠れずに読んでしまっていた。
京や柚子からの文はない。少し心配になったが、あの二人は夢中になると報告が遅れてしまうことがあると思い直した。
何もすることがなくなると余計なことを考えがちだ。そう、例えば…。
「楸瑛様、・・・まだお帰りにならないのかしら?」
仕事が忙しいと絳攸から聞いていたが、あまりにも家に居なさ過ぎる。
家人に聞くことは出来ず、いらない心配事だけが頭を何度もよぎる。出来が悪すぎて、嫌われてしまったのだろうか、と思い心が痛んでいることに気がつく。
「自分で考えたことで落ち込むって…。」
頭を振って立ち上がるとガツンと音を立てて犀刃が落ちる。
そう言えば、最近めっきり触っていない。楸瑛にお願いして件の相手をしてもらった頃は毎日のように触っていたのに…。
犀刃を拾うと腰に下げて、家人に出かける旨を伝え藍邸を出る。
ふらり、ふらり。当てもなく歩く。
最近は日が落ちるのが早くなった。人影がない小道を抜けるとそこは拓けた野原だった。
日の高い時間ならば子供たちの遊び場にでもなっているだろうが、今は辺りを見渡しても人、一人もいない。
落ちていた風車を拾い上げると、フーッと息を吹きかける。
カラ カラ カラ
カラ カラ カラ 音を立ててクルクルと回る。
「懐かしいな。」
遠い昔のことを思い出す。蓮丈といたあの頃のことだ。
彩雲国一の刀匠と言われた蓮丈は、私を連れ出し、私に自由を与えてくれた人だった。
風車はそんな蓮丈が私に初めて買ってくれたものだった。
その風車はあの人によって壊されてしまったけれど、よく覚えている。
ピタリ。
風車が止まる。同時にの動きもピタリと止まった。
日が完全に落ち、暗くなっている。こんな変哲もないところへ大勢で来る人間と言えば破落戸のみ。
相手の数は5人。垂れ流しの気配を確認しながら、そっと犀刃に手をかけた。
「よー姉ちゃん。一人か?」
「えぇ。」
「物騒だな。こんなところに女が一人だなんて。」
なんて白々しい。その物騒なのはお前たちのせいだと言いたくもなかったが、振り返りニコリと微笑んで相手を見る。
「なんなら俺らが送ってやるぜ。」
先ほどから話しかけてきた男がの肩に手をかけてきた。何もせずにいるとの体に視線を送り、ニヤニヤと笑う。
「遠慮するわ。それじゃ。」
肩の手を外し、さっさと退散すべく元来た道を帰ろうとする。
だが、そう簡単には返すわけもなく、破落戸たちは行く先を立ち塞いでいく。
「そう言うなよ、遊ぼうぜ。」
「痛い目にあっても、知らないわよ。」
「痛い目?いい目はみたいけどな。」
後ろから襲い掛かってきた男の鳩尾に剣の鞘で一発入れる。そのまま抜刀すると、前からの刃物を受け止め流す。足元がよろけた男の股間を一蹴する。悶絶している男を尻目に残っている男の急所を次々に狙う。
キーン。ボキッ、バキ。ドスっ。
鈍い音が止むとはパンパンと手を叩き周りを見渡す。他に人はいなさそうだ。
それにしても、こいつらのせいで余計な時間を使ってしまった。
周りは暗く、急いでは帰路についた。
小道を出ると店は閉まり、花街のほうからは活気溢れる声が響いている。
キャーと、遊女たちの甲高い黄色い声が聞こえてくる。
「キャー藍様。」
「今宵はこちらに来てくださいまし。」
「いえ、是非私の元へ。」
黄色い声に混じり聞こえた会話。
「藍様…。楸瑛様・・・。」
フラリと帰路についたはずのの足は花街へと向かっていた。