朝目覚めて家人に聞いたところ昨日の夜から姿が見えない、と答えられた。
の滞在していた部屋は空っぽになっていた。
あの後、すぐ旅に出たようだった。
昨日の夜―――…‥
愛しいに好きだと言われたと思ったら、これ以上私にかまうなと牽制された。
少なからず裏切られた気持ちがある。ほんの少し。彼女の言っていることが正論だとしても。
「楸瑛?どうしたのだ?」
絳攸に駄目だしされた書簡の山から劉輝が顔をのぞかせた。
「何でもないですよ。」
「そうか?そう言えばは行ってしまったのか。」
「っ。えぇ。」
この主は知ってて言っているのか、天然なのか、本当に痛いところを突いてくる。
「今度はいつ帰ってくるんだろうな。」
「さぁ・・・。それより、主上。手を動かしませんと絳攸が睨んでますよ。」
「う゛っ・・・わかったのだ。」
せっせと書簡に目を通す劉輝。なんとか説教は免れたようだった。
ふと、視線を戻すと物凄い形相でこちらを睨む絳攸がいた。
「に何をした。」
「何でそうなるんだい。」
「いつも出掛ける時は挨拶をしに来るのに今回は来なかったからな。」
「残念だけど知らないよ。」
「じゃー何でお前はそんなに落ち込んでいるんだ。」
「なんだい、絳攸。心配してくれてたのかい!さすが親友だね。」
「貴様は!・・・もういい!馬鹿王!手を動かせと言っているだろう。」
怒りの矛先は二人のやりとりをのんびり茶を啜りながら見ていた劉輝に。
「す、すまないのだ。」
慌てて湯呑みを退けようとする。
バシャン。ガチャン。
不運にも湯呑みは手を滑りまだ乾いていない書簡の上に落ちた。
「お前は!!」
「うっ。すまないのだ。」「やり直しだ!やり直し!」
「で、でも読めないこともないぞ。」
書簡に広がる茶を着物で拭き取ろうとする。そして、縦に横に着物の袖を動かせば、すーぅっと墨の線が引かれる。
「もう、何もするな!」
「ぁう・・・」
「主上。着物を汚されると珠翠殿が黙っていないと思いますが。」
サッと顔から血がひいていく。ギギギっと言う効果音と共に首が動かされた。
「絳攸。少し抜けてもいいか?」
「どうぞ。」
「すまぬ。」
そそくさと奥へ行く劉輝を見届け楸瑛は自分も退出した。
退出したものの何処にも行く当てはなく、ふらふらと歩く。
気が付けば府庫の前にいる、どうやって来たのかまったく記憶になかった。
府庫で休憩でもと思い、扉に手を掛ける。
ガチャリ。
「・・・。」
府庫から出てきたのは会いたいと願った。
「あぁ、楸瑛様。」
言葉がなかった。忘れろと念押しして挨拶なしに消え去ったのに、自ら楸瑛の前へ出てきて。
言葉を失っている楸瑛なんて気にせず、府庫の中へ招き入れる。
「よかったですわ。楸瑛様にお会いできて。御当主方より命を受けて参りました。」
届きそうで届かない。近くって遠い、なんとも生殺しの状態。
「兄上達から?」
「明日、雅朧之庵で見合いをとのことです。」
「見合い?」
「はい。」
「・・・。」
楸瑛が黙っていることを良いことには続ける。
「相手が気に入ったのなら好きにすればいい、ただしこの見合いは内密にとのことでした。」
「君は、そんなことを言うために来たのかい。」
「はい。確かにお伝えしました。」
それでは。と退出するを止める事なく、拳を震わせていた。会いにきたと思ったら、その理由は見合いの伝言。
見合いをするように言ってきた三人の兄のことを思い浮べる。
自分がに惚れているのを知っているに違い。知っていなければ、わざわざこんな時期に見合いなんかを持ってくるわけがない。
そう考えると気持ちが落ち着いてきた。落ち着いてきたというより冷めたと言ったほうが正しいかもしれない。
結局、兄達の命令とからのお願いには勝てないのだった。
釈然としないまま迎えた見合いの日。
どうせどこぞの姫なのだ。彩七家という家柄しか見ていない。
「すみません。遅れてしまったようで。」
「まったくです。遅いですよ。」
聞いたことのある声。座敷の奥を見ればそこには綺麗に着飾りこちらを睨んでいるが。
「!」
「こんにちは。楸瑛。」
彼女は呆気に取られているだろう私の顔を見ながらクスクスと笑った。
「ふふっ。似合うかしら?」
「とても似合っているよ。」
着飾ったは本当に綺麗で。
「ほら、座りなさいよ。」
「あぁ、・・・。」
促され座ればは茶を差し出して、まるであの夜のように。
違うのは場所との姿、私たち二人の関係のみ。
「。結婚してくれるかい。」
「ふふっ。急になんなの?」
確かに、こんな急な申し込みなんてしないだろう。頭では分かっているがどうしようもない。
「駄目かい?」
「・・・そうね。女癖の悪い人は嫌いよ。」
「・・・まぁ、あれは。」
「言い訳も嫌い。」
「・・・他には?」
「無理は程々がいいわ。」
「そうだね。」
「人を頼ってほしい。出来れば、私を・・・。」
言いながら頬を染める。
可愛らしい。今直ぐにでも抱き締めたいくらいだ。
なんで向かい合わせに座ってしまったのだろう、机が邪魔で仕方がない。
「勿論だよ。君が傍にいてくれるなら。」
「いるわ。」
「愛してる。結婚してくれるかい?」
「・・・はい。」
二人は微笑みあった。
いつまでも、二人で・・・共に…
共に歩む終わらない螺旋